1. ホーム
  2. 社会
  3. がん最前線 「患者力」で悔いなく

闘病支援NPO塩尻理事長
がん最前線 「患者力」で悔いなく

社会 神奈川新聞  2018年03月15日 14:21

公開勉強会で自らの闘病体験を交えながら「患者力」の大切さを説く塩尻さん=横浜市鶴見区の平和病院
公開勉強会で自らの闘病体験を交えながら「患者力」の大切さを説く塩尻さん=横浜市鶴見区の平和病院

 「患者力」という言葉が最近、がん経験者や医療者を中心に使われている。概して患者が能動的に治療に取り組むための力を意味するが、その重要性を感じているのが、かつて卵巣がんを患ったNPO法人理事長の塩尻瑠美さん(74)=横浜市南区=だ。「積極的な生き方を選び、後悔のない人生を送ってほしい」。そう願いながら患者力の発信に取り組んでいる。

扉開く


 「ばかばかしいと思うかもしれないけれど、本当なんです」

 2月10日、横浜市鶴見区の平和病院で開かれた、がん患者支援を目的とした公開勉強会「がんと歩いてゆく」。塩尻さんは講演で、約50人の参加者を前にこう続けた。

 「目を見ながら話すことが大事」。治療とは関係ないようにも聞こえるが、言葉には実感がこもる。

 伝えたいのは、患者や医療関係者の間で注目されている患者力。塩尻さんは「自分自身が安心・納得して、後悔のない治療を受けることができる力」と定義する。

 例えば主治医に頼り切らない、例えば医師と信頼関係を築く、例えば治療薬について知る-。講演の際に手元に置き、時折目を走らせたA5判の冊子は、これら患者力を培うための手法がまとめられている。

 2014年に、患者やその家族らを支援するNPO法人「Spes Nova(スペース ノヴァ)」を設立した。冊子はこれまでの活動の一つの集大成として、医師らの協力を仰いで昨秋に作成した。今は約5千部が県内外の病院や役所に置かれてある。


NPO法人「Spes Nova」が作成し、啓発活動で活用している冊子
NPO法人「Spes Nova」が作成し、啓発活動で活用している冊子

 「先生に敬意を払いながら考えていること、感じていることを遠慮せずに相談すれば、ちゃんと応えてくれる」。冊子には「信頼関係は全ての扉を開く」と、赤い字で目立つように添え書きがされている。

主体性


 原点は8年ほど前、卵巣がんを患った経験にある。

 セカンドオピニオンを求め、医療機関を受診したときのことだった。医師は、初診の病院から引き継いだ書類に目を落としながら、発生部位や症状、治療法など、そこに記載されている情報について次々と尋ねてきた。

 「見れば分かることを何で聞くのかしら。変な先生」。塩尻さんは質問に答えながら、いぶかしがった。帰宅後も気になり、インターネットで調べた。目に留まったのが「ペイシェントワーク」だった。それは「医師が患者の主体性を引き出そうとする行為」と説明してあった。

 「私が病気のことをちゃんと把握しているのか、確かめていたんだと気付いた」。そう感じると同時に「医師任せにしてはいけない」と意識を強くした。

 「信頼しているので、ぜひ先生に診てもらいたい」

 「先生、最後まで私と一緒に歩んで」

 謙虚に、心を開いて接した。卵巣の腫瘍を摘出した後、手術痕が痛むと別の医師に訴えると、快く縫合し直してくれた。「面倒臭がる先生もいるけれど、信頼関係があればできる限りのことをしてくれる」。病院選びや情報収集などでも力になってくれたという。

 とはいえ、「医師とうまく関係を築けずに苦労している患者は少なくない」と感じてもいる。

 医師への疑念や遠慮…。臨床心理士としての顔も持つ塩尻さんは闘病当時、そうした内面的な壁を跳び越えることができたが、踏み出せない人も多い。だからこそ、法人の活動に力を入れる。

 「医師は治療をする上でのパートナー」と塩尻さんは言う。ただ、こうも付け加える。「患者が主体性を持って初めて成り立つ」

芽生え


 患者力という言葉が使われるようになったのは、インフォームドコンセント(十分な説明と同意)の普及や情報化社会の進展などが背景にある。「患者自らの判断が求められる場面が増えてきた」と指摘する塩尻さんは、21年度から全国の中学校で実施される「がん教育」に注目している。

 現在、一部の中学校で研究授業が行われ、

教育現場では模索が続く。授業内容は、一般的な治療法や検診などについての学習、医師やがん経験者ら外部講師による講演などが想定されている。「正しい知識を身に付け、適切に対処できる実践力を育成する」(文科省通知)のが目標だ。

 実践力と患者力。塩尻さんは、それらに共通点を見ている。もっとも、「人間形成がなされる前の子どもに患者力を教えるのは難しい」と、授業で扱うことには否定的だ。それでも、病気になったときの、患者としての主体性が育まれる授業を期待し、「がん教育は患者力の芽生えになる」と期待している。

 平和病院を運営する医療法人平和会の高橋修理事長も「がんになったとき、どう過ごすか考えておくことは準備になる」と話す。「患者の考えや環境、体調などに合わせたオーダーメードの治療への意識が高まり、患者の意思が重視されるようになってきた」からだという。

 がんの発生原因に関して現在、遺伝子レベルで研究が進められているが、完全な解明には至っていない。治療についても同様に研究の途上。現代の医学では及ばない領域がある故に、治療をするか否かという一歩目から患者の考えや生き方が求められる。

 「突然、がんになると冷静さを失ってしまう。効果の根拠がない治療薬に手を出してしまったり、自分を追い込んでしまったりすることもある」。患者の心理状態を説明する高橋理事長はがん教育を念頭に置き、「病や医療とどう向き合うかを話し合い、自分なりの考えを持っておくことが大事」と理想の患者像を口にする。

この記事は有料会員限定です。

月額980円で有料記事読み放題/100円で24時間読み放題のコースも。詳しくはこちら


シェアする