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時代の正体〈582〉負担軽減こそ原点 辺野古新基地建設考

社会 神奈川新聞  2018年02月26日 10:00

人通りのない辺野古の集落。20年以上にわたり、国策に翻弄されてきた =沖縄県名護市
人通りのない辺野古の集落。20年以上にわたり、国策に翻弄されてきた =沖縄県名護市

 今月4日、沖縄県名護市の市長選投開票日の夜だった。自宅のソファに腰を下ろし、泡盛で満たされたグラスを口元に運ぶ。鼻腔(びくう)をくすぐる香りに十数年前の記憶を呼び起こされた。

 米軍普天間飛行場(宜野湾市)の移設候補地、名護市辺野古。集落の人々と杯を重ねた日々、酔うほどに容認派も反対派も異口同音に語った。

 「なぜ辺野古に、なぜ沖縄に」

 基地など誰も望んではいない。分かっているつもりではいたが、平穏な暮らしへの願いは切実だった。負担のたらい回しへのいら立ちは激しく、失望は深かった。移設問題の何たるかを理解していなかったのだと、自身の不明を思い知らされた。
 
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 雨上がりの午後、集落に人影はなく、静寂に包まれていた。時が止まったかのような錯覚を覚える。辺野古の第一印象だった。

 十数年前の駆け出し時代を沖縄タイムスの記者として過ごし、沖縄本島北部の担当時に集落を日参した。

 政府は基地受け入れを踏み絵に振興策をちらつかせ、人々の期待をあおっていた。経済的な豊かさから取り残され、将来を見通せない閉塞(へいそく)感につけ込んだ「アメとムチ」。移設容認か反対か-。人口2千人ほどの集落は遠く東京の為政者が押し進める国策に翻弄(ほんろう)されていた。

 正月やお盆でも親族が酒を酌み交わすことはない。幼い頃からともに年齢を重ねてきたお年寄りが肩を並べてゲートボールを楽しむこともなくなった。仕事に支障が出るからと、反対運動から身を引いた若者もいた。

 濃密な人間関係の中、人々が身を寄せ合うように生きてきた土地だ。小さな集落が育んできた絆がずたずたに引き裂かれていた。

 「昔は助け合いの気持ちにあふれていた。台風で家が壊れたら、みんなで修理してね。貧しくはあったが、あの頃が懐かしい」

 自民党支持から反対派に転じた男性の言葉を思い起こす。男性もまた、親友や親戚との交流を絶っていた。

 分断は地元にとどまらない。3年ほど前の再訪時、男性があるエピソードを語ってくれた。

 「辺野古の話を聞かせてほしい」。男性の元を訪れた子連れの女性の目は、何か言いたげだった。聞けば、夫は沖縄県警の警察官。新基地建設を押し進める政府の強硬姿勢に耐えかね、「これ以上、見て見ぬふりはできない。子どもたちに辺野古の実情を学ばせたい」と夫に打ち明けると、「夫婦の縁を切る。出て行け」と一喝されたという。「家族を大切にしなさい」。男性は女性を諭し、そのまま帰宅させた。

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