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県立がんセンター問題(上) 崩れ落ちた信頼 患者置き去りの泥仕合

社会 神奈川新聞  2018年02月21日 13:07

がん患者に重粒子線を照射する治療室=横浜市旭区の県立がんセンター
がん患者に重粒子線を照射する治療室=横浜市旭区の県立がんセンター

 重粒子線治療を軸に、県が世界に誇るがん診療拠点病院の信頼は、わずか数週間で崩れ落ちた。県立がんセンター(横浜市旭区)の放射線治療医大量退職問題。その端緒は医学的見解の相違や待遇面の不満でもなく、一部の幹部らによる覇権争いだ。命の危機に直面するがん患者を置き去りにした泥仕合の背景とは-。

 「4人も一斉に辞めるなんて異常事態だ。何かあったことは間違いない」

 昨年12月19日、黒岩祐治知事は苦渋の表情で言葉をつないだ。一部報道で問題が表面化した4日後の定例会見。「こういうことが表に出ること自体が、県民に不安な気持ちを抱かせている。本当に申し訳ない」とも述べ、診療中断の回避に全力を挙げると力を込めた。

 同病院で浮上したのは、6人のうち4人の放射線治療医が年度途中で立て続けに退職し、2月以降の診療継続が危ぶまれるという前代未聞の事態。病院を運営する県立病院機構と病院現場の両トップによる不満の衝突が発端とされる。

 県に情報が届いたのは11月10日。当初から院内のパワーハラスメント(パワハラ)に絡む「情報が飛び交って事実が見えにくい」(黒岩知事)状況だったが、県庁内には対応を誤らなければ短期間で収束に向かうとの見立てもあった。

 しかし、知事が三顧の礼を尽くして迎え入れた機構の土屋了介理事長と、大川伸一病院長をはじめとする現場の確執は、すでに修復不能なレベルに達していたのだ。

 会見で知事は、「治療の継続に関わる重大な問題」と強調。本来は病院と機構の責任で解決するのが筋としながらも、病院設置者として調査委員会を立ち上げて医師退職の原因究明に乗り出す意向を示した。

 委員会は地方独立行政法人法に基づく調査機関とし、メンバーは武井政二保健福祉局長をトップに県職員7人と弁護士で構成。約1カ月間にわたり機構職員や医師ら計26人から聞き取りを実施し、退職を決意するに至った経緯や組織的な課題を洗い出した。

 「責任を追及するための委員会ではない」。県が1月24日に公表した調査結果は、退職原因や責任の所在には踏み込まず、退職の契機となった出来事や事案への対応の説明にとどめた。医師の派遣研修やパワハラの手続きを巡る認識の相違を列挙、機構と病院現場の「情報共有やコミュニケーションに大きな課題があった」と結論付けた。

 新たな医師を確保できる見通しも示し、問題は収束に向かうように見えた。しかし、報告書の公表から9日後、くすぶっていた火種が再燃。機構理事長の土屋氏が県庁で会見し、不満をぶちまけたのだ。

 土屋氏は県の調査結果を全面的に否定し、「拙速で、結論ありき」と猛反発。県が「機構が説明責任と意思疎通を果たしていれば、今回の事態を防ぐことも可能だった」としたことに「どのような事実に基づくのか、根拠が不明だ」と反論し、複数の医師による数々の言動を並べて痛烈な批判を繰り広げた。

外部研修


 県が約120億円を投じ、2015年12月に診療を始めた重粒子線施設「i-ROCK」は、がん治療専門病院に併設した国内初の施設。保険診療と併用できる「先進医療」に指定されており、施設基準を満たすには一定の重粒子線治療経験がある「責任医師」をはじめ、常勤の放射線治療医の計2人以上の配置などが必要とされる。

 ところが、放射線治療部門に長年勤務していた女性医師は、外部機関の研修が3カ月であるにもかかわらず、申請書には客員研究員としての経験を含め「2年」と記載していたという。県の調査報告書は、この問題に端を発した一連の対応が、医師の大量退職につながった「最も大きな理由」としている。

 申請書の記載に関し、土屋氏は「療養実績のない客員研究員は臨床経験に含まれない」と指摘。経験年数については「虚偽記載」と非難し、要件を満たすために命じたのが反省を含めた1年間の派遣研修だった。

 これに対し、女性医師は「がんセンターでも同期間従事すれば責任医師の資格要件を満たせる」などと主張。研修派遣の理由や必要性、派遣時の処遇、復帰後のポストなどについて不満を抱いた。2年と記載したことに関しては、「当該外部機関に確認した上で記載した」と説明していた。

 女性医師は昨夏、研修の途中で退職。その後に相次いで辞意を固めた医師の間には「自分たちもいつ同じような目に遭うかもしれない」といった不安が広がった。また、退職を決意した4人の中には女性医師の下で学ぶ目的で赴任した医師もおり、同病院で治療に携わる意義や意欲の低下につながったとされる。

パワハラ


 「明確な事実誤認だ」

 土屋氏は、県の調査結果が「医師間のパワハラ認定を規定に反し、口頭注意にとどめたことが大量退職の一因」としたことに対しても反論を繰り返した。会見では「そもそもパワハラを認定した事実はない」と語気を強め、同席した監査コンプライアンス室長に主な問題点を説明させた。

 同室などによると、パワハラが疑われた事案は、ある医師が会議の開催時間を巡り、別の医師を叱り飛ばした出来事。しかし、被害者や上司らにヒアリングした結果、▽大げさにしたくない▽訴えても得しない▽処分を望んでいない-として「訴えない」ことになり、パワハラの要件を満たしていないという。

 一方、県は機構の監査結果報告書で「認定している」とし、証拠資料が残っているとの立場。認定後、規定に反して口頭注意でとどめたことが不信につながった、との見解を示す。パワハラの具体的内容は「個人情報」として明言を避け、県の「調査権限の範囲外」として言い分が異なる点も含めて追及しないとしている。

 ただ、パワハラを巡っては、女性医師に派遣研修を命じた土屋氏の行為などと混同しているケースがあるのも事実。別の医師に絡む事案や新たに確保しようとした大学病院の医師に対してもパワハラという単語が飛び交っており、問題を複雑化している。

 病院と機構、県の立場が複雑に絡み合い、「どちらが悪いのか見えにくい問題」(県議)。ただ、身内のトラブルで影響を受けた「一番の被害者」は、命の危機に直面しながら他医療機関への転院などの負担を強いられたがん患者だ。昨年同期比で受診者数が100人以上減ったとしているが、正確な人数は病院も県も「答えられない」としている。


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