1. ホーム
  2. 高校野球
  3. 人生で一番泣いた日 日大藤沢 山本昌広(下)

スーパースター編 23/100
人生で一番泣いた日 日大藤沢 山本昌広(下)

高校野球 神奈川新聞  2018年01月24日 02:00

高校3年夏、法政二との準々決勝の四回2死三塁。打ちとった当たりがポテンヒットとなり、結果的に決勝点となる走者がかえった後にマウンドでしゃがみ込む山本=1983年7月27日、横浜スタジアム
高校3年夏、法政二との準々決勝の四回2死三塁。打ちとった当たりがポテンヒットとなり、結果的に決勝点となる走者がかえった後にマウンドでしゃがみ込む山本=1983年7月27日、横浜スタジアム

 その敗戦を、本紙は叙情的に伝えた。

 「だれかのヘルメットが音を立てて床に落ちたのを合図に、全員がワー、ワーと男泣きした」

 人一倍涙を流したのが、2年生の山本昌広だった。1982年7月29日。神奈川大会準々決勝で、日大藤沢は優勝候補筆頭の横浜商(Y校)に2-3で惜敗した。背番号10は敗因を一身に背負い込んだ。

 当時のエースは、3年生の荒井直樹だった。社会人野球のいすゞ自動車を経て、2013年には前橋育英(群馬)を率いて夏の甲子園で初優勝を遂げる右腕はこの夏、すさまじかった。

 3回戦で鶴嶺をノーヒットノーランに抑えると、5回戦で座間を相手に再び快挙を達成。2戦連続の無安打無得点を記録したのは、神奈川では荒井ただ一人だ。

 そうして挑んだ、Y校戦だった。三浦将明を擁して選抜4強入りの強敵には、春の準々決勝で4-14とぼろ負けしていた。荒井と山本は、夏の復讐(ふくしゅう)に備えてきた。

エース荒井への思い

この記事は有料会員限定です。

月額980円で有料記事読み放題/100円で24時間読み放題のコースも。詳しくはこちら


シェアする