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記者の視点=デジタル編集委員・石橋学
時代の正体〈567〉平昌と平和(上)民主主義の成熟の先に

時代の正体 神奈川新聞  2018年01月14日 11:00

大会組織委員会の成さん。兵庫の大学に留学中、お好み焼きが好物になったという=平昌オリンピック広報体験館
大会組織委員会の成さん。兵庫の大学に留学中、お好み焼きが好物になったという=平昌オリンピック広報体験館

時代の正体取材班=石橋 学】凍てつくソウルはいたって穏やかだった。

 人々は街中を行き交い、夜の酒場はさんざめく。五輪に向けた国威発揚とは無縁の街並みと日常。海を隔てた隣国の首相が「国難」と叫んだ緊迫からも遠い平穏。私はある言葉を思い起こしていた。

 2016年12月、朴(パク)槿恵(クネ)前大統領の退陣を求める「ろうそくデモ」は100万人規模に膨れ上がっていた。出会った一人の国家公務員に私は尋ねた。「デモはこの国に何をもたらすでしょうか」と。即答だった。「民主主義をより強いものにすると思います」

 時の政権ではなく国民の側に立つ官僚からのまなざしに、民衆の力で民主化を勝ち取ってきたこの国の成熟を知った。1年後の昨年12月中旬、平昌冬季五輪の開幕が近づく現地取材で訪韓した私は、この国の「その後」を確かめたかったのかもしれなかった。

自分たちへの信頼


 日本人観光客専門の旅行会社「全国観光」の文(ムン)姫敬(ヒキョン)さんの案内で開催都市である江原道(カンウォンド)へ向かう。氷上競技が行われる江陵(カンヌン)市、雪上競技会場の平昌郡にある観光スポットに連れて行ってくれるという。

 ソウルから車で3時間、高速鉄道で1時間半弱の道のり。五輪熱の薄さ、実際はどうなのだろう。

 「盛り上がりは思ったほどではないです。メダルを取れるのはスケートだけ。開催するには実力的に無理があったかもしれません」

 自国をよく見せかけようとしない率直さに好感を持った。そんな文さんも、あのデモの熱気の中にいたのだろうか。

 「いいえ。デモがあった土曜日は毎週仕事だったので。でも、参加しなかったなんて恥ずかしくて友達に言えませんでした」

 不正と腐敗が明らかになった大統領を弾劾で交代させた経験から得たものを「自分たちへの信頼」と語る文さんの言葉には説得力があった。

 「北朝鮮が戦争を仕掛ける可能性はないと思います。核開発はあくまで保有が目的で、朝鮮戦争以来敵対する米国と交渉するため。日本の皆さんは上空をミサイルが飛ぶから不安でしょうが、心配しすぎではないかと感じます」

 朝鮮戦争は休戦状態にすぎず、なお戦時下にあるという現実は、軽々しく戦争の可能性を口にすることを許さないのだろう。

 半島北東部、日本海に面した江陵市に着く。水揚げされたばかりのイカやゆでたてのカニなど、北の海の豊かな幸を求める人々でにぎわう注文津(チュムンジン)水産市場で30年以上働くト・プハンさん(78)もやはりかぶりを振るのだった。

 「北朝鮮が米国と戦争になる? あまり考えたことはないね。ここでの仕事が何より楽しい。魚さばいて家に帰ってテレビを見る。その毎日だよ」

 生家は38度線のほど近く。1939年生まれというので、朝鮮戦争勃発時は10代になりたてのころだ。

 「ああ、避難するために一家で方々を歩いたよ」

 重たい口ぶりからは戦禍は二度とごめんだという忌避感が伝わってきた。

 「五輪中だけでも北朝鮮がおとなしくしてくれればいいのだけれど。でも一番恐れているのは日本のことでもある。侵略された歴史があるから。有事に乗じて日本の軍隊が乗り込んでくることほど忌まわしいものはない」

 人ごとのように北朝鮮の危機を語るこちらの浅はかさ、植民地支配の歴史が未精算なまま日米韓の連携を説く不遜を教えてくれたのは、かつての支配階級、両班(ヤンバン)の末裔(まつえい)、リ・カンバクさん(71)だった。

 朝鮮王朝時代の上流階級の邸宅をいまに伝える江陵船橋荘(ソンギョジャン)を管理する。韓流ドラマのロケ地にも使われ、日本から宿泊に訪れる常連も多いという。

 「国からは五輪に向けてもっとPRしてほしいと言われているけれど、開催中は日本の友人たちを無料で泊めると決めている。いつもこんな田舎を訪ねてくれることへの感謝の気持ちだ。国家という枠組みを超えて歴史の真実を見極める人がいれば、過去の問題もいつか解決する」

 細くとも確かな絆をそのように紡いでいることに救われる思いだった。

歴史に学ぶ大切さ


 会場施設や競技を紹介する平昌オリンピック広報体験館では五輪組織委員会の成多炯(ソンダヒョン)さんが出迎えてくれた。日本で活躍する歌手「BoA」に憧れて日本語を学び、兵庫の大学に留学経験もある快活な印象の28歳。若い世代の思いに触れたくて、歴史を巡る問題を振ってみた。

 -日韓関係は冷え込み、慰安婦問題も長引いたままです。

 「私の立場からは言いにくいですが、過ちを認めることが始まりではないかなと思います。何をどう間違ったのかを認めなければ、謝罪を言葉通り受け止めにくい」

 -日本政府は慰安婦像の撤去を求めています。

 「像をなくそうとするのは、認めたくない歴史だからだと感じました。でも、私たちが何より怒ったのは、韓国の公務員が像を片付けようとしたことです。何をされたのか知っているのにどうして、と」

 -ろうそくデモには。

 「参加している友人がうらやましかったですが、組織委員会の立ち場では難しかったです。でも、勉強はしました」

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