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発達障害者療育「たすく」
発達障害、個別支援を 専門会社が独自メソッド開発

社会 神奈川新聞  2018年01月09日 20:24

「たすく」を起業し、経営する齊藤宇開社長
「たすく」を起業し、経営する齊藤宇開社長

 アスペルガー症候群や注意欠陥多動性障害(ADHD)、自閉症といった発達障害の療育を専門とする教育機関のニーズが高まっている。広く認知されるようになり、より積極的なサポートを求める保護者らが増えた。県立高校3校でも4月、通級による指導に着手する。鎌倉市に本社を構える「たすく」はこの分野では珍しく、株式会社として専門療育を手掛けている。個別の支援が不可欠と訴え、独自のメソッドを体系化した。


鍵を握る言語能力の育成


 鎌倉駅から5分ほど歩いた商店街の一角にある「たすく」の教室。中学3年のKさん(15)の声が響いた。横浜の特別支援学級に通いながら月2回、ここで個別療育を受けている。

「今日は腹筋を30回やります」
「休憩でサイダーを飲むために頑張ります」
「午後2時37分からは勉強です」

 Kさんは日常生活で予定を立てることが苦手だ。一つの作業が何のために行われ、のちにどのような効果につながっていくのか-有機的に頭の中で組み立てていくことができない。例えば今行っている勉強は何を学ぶためなのか、問われて即答できないことが多いという。

 療育を担当するスタッフが、Kさんが口にした予定をノートに書き写すよう指導した。〈僕は休憩でサイダーを飲むために腹筋運動を頑張ります〉。この構文に行き着くまでにかなりの時間を必要とした。

 鎌倉地区最高責任者の大久保直子さんは「コミュニケーションが苦手な発達障害のあるお子さんでも、正しい構文を身につけることで症状を軽減できます」と、言語教育の大切さを訴える。予定を立てる行為もまた、言語能力と密接につながっている。言葉で思考するトレーニングでもあるという。

 子どもたちの豊かな社会参加を目指すためにコミュニケーションや認知、感覚統合など複数の観点でアセスメント(評価)を行う。「たすく」が独自に考案したメソッドは、トータルアプローチを軸に支援するプログラムだ。多様な障害に対応するため、40人ほどのスタッフの多くが作業療法士や臨床心理士、教師などの有資格者だ。

 自立のためには「できるだけ幼い時期から療育を始めることが大切」と大久保さん。「自分の思いを人に伝えることの楽しさや頑張ったら良いことがあるという動機づけは、療育の積み重ねによって身についていきます」

多動、自閉症…症状さまざま
アセスメントで診断



 鶴岡八幡宮に隣接する「たすく」の作業工房。10代から20代の通所者が一心に、シャツの詰まったギフト箱に添えるリボンを作っている。メーカーズシャツ鎌倉(本店・同市雪の下)が2年前から発注している仕事だ。黙々と作業にあたる彼らのほとんどが発達障害と診断された生徒たちだ。中には作業に集中できず、室内を歩き回る子どももいる。ひと口に発達障害と言っても症状はさまざまという。

 この中の一人。鎌倉で夫と自営業を営むK子さんの中学3年になる息子(15)は5歳のころからここに通っている。物心がついて、K子さんはすぐに息子の異変に気づいたという。「落ち着きがなく、とにかく無駄な動きが多い。手をつないで歩いていてもすぐに振り払って走りだしてしまいます」

 言語能力の衰えも際立っていた。「何かしてほしい要求があっても泣いて訴えるだけ。欲しいものがあると、そこに私の手を引いていく。これだけが具体的なアピールの方法でした」

 医師に相談すると発達障害との診断。母親の手を取って欲求を伝える行動は「クレーン」と呼ばれる典型的な症状であることも知った。

 まず悩んだのは、就学前の教育をどこで受けさせるか。個別に対応してくれる施設でなければ、集団生活には適応できないと考え、「たすく」の門をたたいた。

 「(お子さんは)言葉を知らないわけではありません」。母子と面談した齊藤宇開社長は意外な診断を返したという。「(息子さんの)頭の中にはこれまで見聞きして、ためている言葉がいっぱいあります。出し方(表現力)が分からないのです」

 根拠となったのは、入会の際に行われるアセスメントだ。個々の症状を調べ、必要ならば個人療育を施す。「たすく」のカリキュラムは、このアセスメントを基に構築されている。

 潜在的な言語能力が存在する--思いがけない言葉を掛けられ、与えられた目標は「新聞が読めるようになること」だった。そこへ到達するには何をすればよいのか。明確な日課が与えられ、その習熟度を母子で共有して歩んだ。「遅くても一歩一歩踏みしめる手応えがある。希望を抱くことができました」とK子さんは語る。

1日をマネジメント



 ケーキや傘、テレビ…これらのイラストが描かれたカードを一枚一枚、担当スタッフが取り上げ、名前を当てるゲーム。言語能力に欠落のある子どもたちが療育に使う「コミュニケーションカード」だ。いらいらする、疲れた…といった感情表現を表したカードもある。

 発達障害者には、たとえば「リンゴ」という単語を耳にして果物をイメージすることができない人が少なくない。「リ」「ン」「ゴ」の一文字ずつを独立した記号として認識してしまい、ひとまとまりの単語として受けとめることができないという。

 言葉を介した情報交換がうまくできないことで自信を失い、他者との交流を断ち切ってしまうケースも多い。「語彙(ごい)数を増やし、言葉による表出性を高めることができれば極端な内向性を克服できる」と考え出されたのがコミュニケーションカードだ。

 「発達障害者の多くが不得意とするのは、自分の行動をマネジメントすることです」と、「たすく」湘南エリア責任者の渡邉倫さん。勉強の後に遊ぶ時間があり、おやつを食べられる-こうした時系列の予定を頭の中で組むことができないという。

 「おやつの前に手を洗いますが、何のために洗うのかが理解できない子どもがいます。ものごとの因果関係を捉え、予定を立てるための脳内器質-報酬系ネットワークに障害があるのです」

 こうしたケースの療育は、1日のスケジュールを組むことから始まる。「(この日の予定に)ゲームの時間を加えてほしい」。プログラムを経てこんな要求を行えるようになった児童もいるという。

新しい才能の発掘も 「希望に満ちた障害」



◆発達障害者療育「たすく」齊藤社長 つい15年ほど前まで、障害者といえば知的障害や肢体不自由といった概念しか一般には知られていなかった。ところが文部省(当時)が2002年、発達障害の可能性がある児童生徒が6・3%存在するというデータを突然打ち出した。いち早くこの対策に取り組んだのが、横須賀市にある国立特別支援教育総合研究所だ。齊藤宇開さん(47)もこのメンバーの一員だった。

 すでに学校や企業では、感情の起伏が異常に激しかったり、多動や注意散漫といった兆候が見られる人たちが認識されていた。文部省が学校現場で調査を重ね、はじき出した結果がこの数字だった。

 「発達障害というカテゴリーにはめられ、苦しむ人たちを生むことにならないだろうか-。レッテルがもたらす弊害は、もちろん心配されました。それでも発達障害の人たちが抱えているリスクをぬぐうために公表は必要だったのです」

 自傷行為や他者への暴力に及ぶ人もいる。問題行動ではないかと周囲に嫌悪されて虐待を受けるケースや、詐欺に遭い貧困に陥る人も少なくない。悲劇を避けるためには障害を公表し、支援する必要があったという。

 ところが多くの症例にふれるうち、齊藤さんに確信ともいえる思いが湧き上がった。「発達障害は希望のある障害である」

 ある分野に集中すると卓越した仕事をこなす。はた目に奇想と思われても、常人にはとらえられない世界が見えていることがある。「世の中を変えるような創造性を発揮した著名人には、発達障害とみられる人物が数多く見られます。こうした能力をうまく社会につなぐことができれば、厄介者どころか有用な人材を発掘することになるのではないでしょうか」

 2008年、発達障害者療育を専門とする株式会社「たすく」を立ち上げた。政治が「官から民へ」の改革を打ち出していた時代だ。「民間が先行して官を引っ張ることができると考えました」

 現在、3~40歳の約200人が通っている。スタッフは40人。個別療育を基本としている。「一人一人の課題を見いだしてカリキュラムを組み上げる。保護者にも参画してもらいます。学校と家庭がスクラムを組むことで、親が一人で悩み、虐待に走るような事態を防ぐことにもつながります」。10年間の療育や臨床経験をベースに独自のメソッドを体系化した。

 16年7月、相模原市の施設に暮らす知的障害者たちが殺傷されるという惨劇が起こった。彼らは生きている意味があるのか-容疑者が発したこの言葉に反ばくしたいという。このような優生思想に対して「無論、生きている価値があるということを知らしめたい。発達障害者たちが社会で立派な花を咲かせることができれば、彼らにとって希望に満ちた世の中であるという道しるべにもなります」


自立プログラムも 発達障害は自閉症やアスペルガー症候群、注意欠陥多動性障害(ADHD)、学習障害(LD)などを含む脳機能障害。認知や情緒、行動といった発達に支障があり、社会生活に適応するために支援が必要な人もいる。日常生活や職場の環境にうまく適応できず、挫折体験を繰り返すケースも多い。2004年、支援や早期発見を目的とした発達障害者支援法が成立した。

 発達障害療育を専門とする教育機関は近年、増えている。大手予備校「四谷学院」は08年、発達障害や軽度の症状がみられる子どもたち(2歳~小学校4年程度)を対象に、55段階プログラムの通信講座を始めた。「当時は専門の療育施設が少なく、悩みを抱えて行き場がない人たちが多かった。専門家の協力を得て、生活の自立ができるようなプログラムを開発しました」と同学院。この10年間で受講者は17倍となった。


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