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江戸時代に光当て、市民有志ら編さん
資料や文書読み解き10年 平塚・金田村史を一冊に

話題 神奈川新聞  2018年01月09日 15:09

「わが住む里の江戸時代 かねだ」を編さんしたメンバーら =平塚市役所
「わが住む里の江戸時代 かねだ」を編さんしたメンバーら =平塚市役所

 平塚市のほぼ中央に位置し、市に編入された旧金田村(現金田地区)の江戸時代の歴史をひもといた冊子「わが住む里の江戸時代 かねだ」が、市民有志らの手で完成した。発行した「金田村史をつくる会」の金子賢会長は「新たな住民が増えている地区。昔はどんな地区だったかを知る機会に活用してほしい」と話している。

 1889年の町村制施行により発足した旧金田村は、1956年に市に編入された。その名が残る市立金田小学校創立100周年の記念式典があった77年、その後片付けの最中に「金田村史をつくれないか」との声が持ち上がり、元市博物館長の土井浩さん(72)に協力を依頼した。

 仕事が忙しく、本格的に冊子の編集に取り掛かったのは退職した10年前から。土井さんは「現職中は筆が進まず、随分かかってしまった。協力してくれた方々の墓前に完成を報告しないと」と苦笑する。

 土井さんが個人所有の資料や地元に残る文書を読み解き、300枚を超える原稿を書き上げては、同会のベテランらが事実や言い回しをチェック。こうした作業に約2年半もの間、当たってきたという。

 「私は古文書は読めるが、地域に根差して生活している方々にはかなわない」。土井さんは、生き字引である地域住民らの貴重な助言も編さんには不可欠だったと振り返る。

 同地区は、良くも悪くも金目川と共生してきた一帯という。田畑を潤し実りをもたらす一方で、大雨になれば破堤し、下流域では洪水との闘いを強いられた。冊子には、そんな歴史が記されている。

 「歴史上に名を残すような人はいなかったかもしれないが、人が住み続け、何をしてきたかは残したかった」と話す土井さんが注目したのは、「おこのさん」という女性。14年の間に、現代における協議離婚と、「縁切り寺」として知られる東慶寺(鎌倉市)に駆け込む、2度の離婚を経験したという。史料を通じて知り得た当時の男女事情なども紹介した。

 A5判で243ページ。同会で千部発行し、市立小中学校全43校、市立図書館4館などに寄贈、1部千円で販売もする。問い合わせは、土井さん電話0463(58)7454。


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