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古文書で知る宝永噴火 被災・復興克明に 県立歴史博物館

話題 神奈川新聞  2020年01月08日 13:38

数々の古文書や絵図で約300年前の富士山噴火の影響の大きさを伝えている=県立歴史博物館
数々の古文書や絵図で約300年前の富士山噴火の影響の大きさを伝えている=県立歴史博物館

 300年余り前に起きた富士山宝永噴火を古文書でたどる特別陳列が7日、横浜市中区の県立歴史博物館で始まった。大量の火山灰が神奈川の各地に降り積もった状況や復旧、復興への歩みを村人や幕府の視点から明らかにしている。

 1707(宝永4)年12月に始まり16日間続いた宝永噴火では、偏西風に流された大量の火山灰が富士山の東側に堆積。当時の人々は「砂降り」と表現し、各地で耕作ができなくなったほか、酒匂川で氾濫が繰り返されるなど影響が長期化した。

 火口から噴出する場面を描いた絵図や被害状況を書き留めた文書が各地に残っており、同博物館が収集、整理した。展示では、その成果を地図にまとめ、堆積した火山灰の厚さが地域によって異なることを一覧で表示。南足柄や山北で60~90センチ、秦野や伊勢原などは30センチ、横浜や川崎周辺でも10センチ以上あったとした。

 また、食料難に陥ったとして幕府や領主に救済を求める書状、火山灰の堆積厚に応じた「御救(おすくい)金」の配分状況などに関する古文書を紹介。耕作の再開に向け、地表の火山灰を下層の土と入れ替えた「天地返し」などの状況のほか、酒匂川や相模川などで行われた「川普請」(治水工事)に関する史料も展示し、苦難から立ち上がろうとする人々の姿を伝えている。

 担当の古宮雅明専門員は「宝永噴火は広域災害。地域の枠を超えて史料を読み解くことで全体像が浮かび上がり、村の中で助け合った状況もよく分かる」と展示の意義を強調する。

 2月2日まで。常設展の観覧料(一般300円など)で見学可能。休館日などの問い合わせは、県立歴史博物館電話045(201)0926。


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