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刻む2017〈12〉倒錯した文民統制 防衛省日報隠蔽問題

時代の正体 神奈川新聞  2017年12月23日 10:35

日報問題について釈明する稲田防衛相(当時)=2月7日、防衛省
日報問題について釈明する稲田防衛相(当時)=2月7日、防衛省

【時代の正体取材班=田崎 基】 異論を圧殺し、都合の悪いことは隠(いん)蔽(ぺい)し、発覚すると「無関係だ」「知らなかった」と開き直る。手続きの正当性を担保する重要な文書を「廃棄した」でやり過ごそうとする傲慢(ごうまん)。「安倍政治」の本質が日本の安全保障に直結する形で表出したのが「南スーダンPKO日報問題」だ。この国は「倒錯した文民統制」という危機に直面している。
 
 日報が一転「発見」されたとする一報を2月7日に本紙が報じた翌日、東京・市谷にある防衛省で行われる「閣議後会見」に駆け付け稲田朋美防衛相(当時)に質問を重ねた。

 稲田氏は露骨にふくれ面を見せ、繰り返し手を挙げる私と顔を合わせずにあらぬ方向に視線を向けた。なぜいったん「廃棄」としたのか。いつ文書の存在を知ったのか。判然としない回答が続いた。「探したら見つかった」などという短絡的な説明が通用するはずがない。文書は共有端末にもサーバーにも残っていたのだ。

 「そういうのを『隠蔽』と言うのではないか」
 そう問うと「その意図はない」と繰り返した。

 「番記者」ではない私が質問を繰り返すことがかんに障ったのか、隣に座る大手紙の記者は聞こえよがしに舌打ちをした。全く別の質問をして話題を変えようとしたが、その後も会見は日報問題追及の場となった。

無責任という罪


 知っていたとすれば「隠蔽」、知らなかったとすれば防衛省、自衛隊を統制できていないことの証左に違いなかった。いずれにしても責任は重大で、かつ辞任すれば済むという問題では到底なかった。

 稲田氏はしかし通常国会中には特別防衛監察の調査中だとして説明せず、その監察結果の公表と同時に辞任。8月の閉会中審査では野党側の参考人招致に応じることはなかった。

 複数の政府関係者が日報が存在していることを稲田氏に報告し、その上で稲田氏が「非公表」とすることを了承した、と証言したことが報じられた。特別防衛監察の調査結果でこの点は否定されているが、そもそも監察自体が稲田氏の指示によって行われ、さらに制度上、稲田氏本人はこの調査の対象になっていない。調査の客観性や正当性に疑いがある以上、第三者機関による再調査が欠かせないはずだ。

 特別監察結果によると陸自隊員29人がこの日報をそれぞれの端末で保有していた。さらに、陸自の共有端末5台にも保管されていたことが判明した。つまり文書は当初から相当数の自衛官が存在を知っていたとしか考えようがない。

暴走する為政者


 「文民統制」とは政治が軍部に優先して軍を統制するという原則だ。これは過去に軍部が暴走し戦争へと突き進んだという歴史的反省による。つまり政治が軍部を抑制することで戦争への道を避けようとすることにその要諦がある。



 だが日報問題は文民統制が本来想定する原則を根底から覆した。つまり自衛隊から上がってきた情報を文民である政治家が正しく取り扱わず、国会へ報告もせず、国民へも「廃棄した」ことにし、見つかっても「隠蔽ではない」と開き直りまともな調査もしない。


自衛隊宿営地の近くで「激しい銃撃戦」が行われたことなどが記載されている「日報」の一部
自衛隊宿営地の近くで「激しい銃撃戦」が行われたことなどが記載されている「日報」の一部

 日報には南スーダンで「戦闘」があったと明記されているにもかかわらず稲田氏はPKO参加5原則や憲法9条によって撤退が必要になるため戦闘行為はなく「武力衝突」だと言い募り、現実に起きた出来事をもねじ曲げる答弁を繰り返した。

 南スーダンで大規模な戦闘があったのは2016年7月。このときの状況を記した日報をジャーナリストの布施祐仁氏=横浜市泉区=が情報公開請求した16年9月30日から不開示決定の12月1日の間には、安全保障関連法制に基づく新たな武器使用任務「駆け付け警護」と「共同宿営地防衛」を付与するかが議論されていた。南スーダンでは停戦合意などPKO参加5原則が崩れているとの指摘もあった。

 文民統制が正しく機能し、戦闘の状況が国会に報告されていたとしたら、安保法制の運用第1弾として危険度の高まる南スーダンでの新たな武器使用任務は認められなかった可能性さえある。

 そうした状況下で「戦闘」との表現を多用した日報は安保法制の運用を急ぐ政府にとって「不都合な文書」だったに違いない。

 暴走しているのは軍部ではない。目的と使命を見失い視野狭窄(きょうさく)に陥った文民、つまり稲田氏と安倍晋三氏たち為政者であった。


PKO施設内での作業を終え、宿営地に戻る陸上自衛隊の隊員=2016年12月9日、南スーダン・ジュバ(共同)
PKO施設内での作業を終え、宿営地に戻る陸上自衛隊の隊員=2016年12月9日、南スーダン・ジュバ(共同)

人類の英知を再び



 重要な情報が国民に明かされず、存在しないこととされ政策判断にも役立てられない。組織防衛や体制維持そのものが目的化し、国民の生命や国家の存続さえも危機に陥らせる。そうして暴走していく権力者のさまを最もよく知るのは私たちではないか。

 「忠君愛国」を掲げた戦前の日本政府はアジアの国々を侵略。「無謀」との声を黙殺し国力で劣る米国との戦争に踏み切り、この国を破滅させかねない惨事を招いた。戦後70年余を経て、壮絶な被害と加害の道を再び歩もうとしているのではないか。


安倍晋三首相
安倍晋三首相

 「点」ではなく「線」で安倍政治を見据えると、そこに思惑が透けて見える。06年に第1次安倍政権発足時に口にした「戦後レジームからの脱却」だ。

「教育の憲法」と言われる教育基本法の改正で「我が国と郷土を愛する態度を養う」として愛国心条項を盛り込み、防衛庁を「省」へと昇格させた。憲法を改正するために必要な「国民投票法」も制定した。

 12年12月に再び安倍氏が総理に就くと13年には特定秘密保護法を成立させ、14年に集団的自衛権行使容認を閣議決定、15年に安保法制を成立させた。

 そしてこの安保法制の運用が始まった直後に起きたのが日報問題だ。

 戦後、日本は新憲法の下「再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意し」、平和主義を掲げた。それは父や母、子を失い、焼け野原に立ち、人間が人間でなくなるさまをその目で見たからこそたどり着いた、平和を求める人類の英知だ。

 そうして積み重ねてきた「戦後」を終わらせようと躍起になっている為政者はこの国をどこへ向かわせようとしているのか。日報問題があらわにした倒錯した文民統制は、安倍政治が描く「線」の先を指し示している。

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