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川崎、悲願初V クラブ創設21季目

スポーツ 神奈川新聞  2017年12月03日 02:00

悲願の初タイトルを獲得した川崎フロンターレの選手たち=等々力陸上競技場
悲願の初タイトルを獲得した川崎フロンターレの選手たち=等々力陸上競技場

 川崎、悲願の初優勝-。サッカーの明治安田生命J1リーグは2日、等々力陸上競技場などで最終節が行われ、前節2位の川崎フロンターレが大宮アルディージャを5-0で下して勝ち点を72に伸ばし、ジュビロ磐田に0-0で引き分けた鹿島アントラーズと並び、得失点差で上回って初めて王座を手にした。 

 川崎は天皇杯全日本選手権、YBCルヴァン・カップ(旧ナビスコカップ)を含む国内三大大会を通じて初のタイトル獲得となった。

 大宮戦は開始早々にMF阿部浩之のゴールで先制すると、FW小林悠の3ゴールの活躍などで4点を追加した。小林は通算23ゴールとなり得点王にも輝いた。

 川崎は今季、終盤15試合負けなしで鹿島を猛追し、最大で8あった勝ち点差を最終節で追い付いた。

 川崎は2006、08、09年のJ1で2位になるなど、過去に三大大会で計8度の準優勝を経験。1996年11月のクラブ創設から21季目で、ようやく頂点に立った。

「15年かけ探した景色」 MF中村憲剛
 川崎フロンターレが大逆転で初優勝を飾った。歓喜の輪の中心にいたのは川崎一筋15年目のMF中村憲剛(37)。幾度も悔しさを味わってきたチーム最年長は喜びに沸く等々力陸上競技場で、「俺が15年かけて探していたのはこの景色」と感極まった。

 試合終了のホイッスルと同時にベンチから飛び出してきた仲間を見て、待望の瞬間が訪れたことを知った。「長すぎて、長すぎて、タイトルを取れないまま(現役を)辞めるのかと思っていた」。37歳はピッチにうずくまると、歓喜にむせび、もう一歩も動けなかった。

 クラブと苦楽をともにしてきたチームの象徴だ。大学時代は無名の存在だったが、練習生を経て2003年に当時J2だった川崎に入団。類いまれなパスセンスと戦術眼でたちまち頭角を現し、06年には日本代表入り。10年には念願のワールドカップ(W杯)出場も果たした。

 同時期には海外クラブへの移籍に心が揺れたときもあり、海の向こうへと活躍の場を移す仲間もいた。だが、川崎はJ1で強豪と呼ばれるまでに成長しても、何度も準優勝に泣いていた。「拾われた身の俺が、タイトルを取る前に出ていくわけにはいかない」とチームに残留。昨季は歴代最年長でJリーグ最優秀選手(MVP)を受賞。足りないものはただ一つ、川崎のタイトルだけだった。

 入団当時は「よくて3、4千人」という観客は、ファンサービスやイベントに熱心なクラブの地道な活動も実り、2万人を超えることも多くなった。「このクラブがタイトルを取ることがJリーグの理想」と言い続けてきただけに、感慨もひとしおだ。

 2万5千人以上が訪れたこの日、ホームスタジアムはかつてないほどの笑顔であふれた。「みんな笑顔だし、優勝ってすごいよね。こんな光景、夢にも思わなかったけど、また同じ景色が見たい」と中村。苦節を経てタイトルを手にした川崎の背番号14に、サポーターから惜しみない拍手が降り注いだ。


悲願の初優勝に小林と抱き合って号泣する川崎・中村=等々力陸上競技場
悲願の初優勝に小林と抱き合って号泣する川崎・中村=等々力陸上競技場

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