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記者の視点=デジタル編集委員・石橋 学
〈時代の正体〉さらばツイッター ある在日コリアンの決別宣言

時代の正体 神奈川新聞  2017年12月01日 05:47

ツイッター・ジャパン前で行われた抗議集会で崔さんが掲げたプラカード。2人の息子と一緒に作ったものだ=9月8日、東京都中央区
ツイッター・ジャパン前で行われた抗議集会で崔さんが掲げたプラカード。2人の息子と一緒に作ったものだ=9月8日、東京都中央区

【時代の正体取材班=石橋 学】西の空に白く輝く新月を、中学生の長男がデジカメで撮ってくれた。大好きな月を眺めながら、崔(チェ)江以子(カンイヂャ)さん(44)はしかし、ただうれしくてツイッターに投稿していた日々は遠く去ったのだと、あらためて思わねばならなかった。

 「いまツイートしたら、『朝鮮に帰って見ろ!』と言われるに決まってる」

 つぶやくことを控えて1年余り、ツイッターを完全に断つと決めたのはその翌日、11月22日の夜のことだった。友人の手も借りてスマホを操り続けること30分余り、煩雑な手続きに難儀しながら、自分のアカウントを削除した。

 「もう、守ってもらえないのだから」

 4年間、実名で使い続けたツイッターとの決別に、諦めを強いられる側の痛みがにじんでいた。

 前夜、NHKの「クローズアップ現代プラス」で自身のインタビュー映像が放送された。国内利用者が4500万人に達するツイッターをテーマにした番組のタイトルは「〝つぶやき〟の光と影」。在日コリアンの排斥を叫び、わが街、川崎市川崎区桜本を襲ったヘイトデモの被害を訴えた途端、24時間、365日、いまこの瞬間も「嫌なら出ていけ」「死ね」と差別ツイートを浴びることになった被害者として苦しみを語った。

 覚悟はしていたが、さらなる攻撃は放送中に始まった。

 〈ツイッターが嫌なら、見なきゃいいだろ〉

 ツイッターが嫌なのではない。ツイッターを使ってなされる差別が耐えられないのだ。なのに、一方的かつ妄想に基づく筋違いな誹謗(ひぼう)中傷は、あらゆる方向へ雪だるま式に拡大していく。「差別の正当化」という腐臭を放ちながら。

 〈それそれ!思いました!何被害者ぶってんのかしら?〉

 〈金もらって、工作活動しているのかもですね〉

 〈あんたらみたいに反日活動するから出ていけ言われるんだよ〉

 差別されて苦しい、怖い、助けてほしいと口にしただけだ。番組では、9月に都内のツイッター日本法人前で行われた抗議集会に参加する崔さんの映像も使われた。NHK側の「配慮」で実名は伏せられていたが、画像を切り貼りしたツイートとともに名前や生活圏がさらされていく。

 〈在日コリアンとやらの女性は、川崎在住のあの女性である〉

 〈ただのサヨク活動家雀江以子です〉

 〈この在日のアカウントはよ〉

 ツイートされるごとに憎悪の刃が目の前へ迫ってくるのを感じ、息が詰まった。
 
 〈新しい素材誕生の瞬間〉

 〈在日がなんかデモやってるけど嫌なら韓国帰れよ〉

 〈公道でなにしてんの、在日コリアン死ね〉

 スマホのカバーを閉じ、崔さんが目を伏せた。

 「一生懸命違うと思おうとしたけれど、どう考えても私に向かって死ねと言っている」

にじむ責任回避



 これまでがそうであったように、取材に応じれば、差別者たちの標的になるのは分かっていた。ヤフーで自分の名前を検索すると70万件がヒットする。見ず知らずの膨大な数の人々が、自分がいなくなることを願っているという信じがたい状況に押しつぶされそうになりながら、それでも「差別をなくす仲間を1人でも増やしたい」と声を届けてきた。

 「被害を伝える役割を果たすことで、差別のない社会の実現に少しでも役に立てればいいと思い、今回も引き受けた」

 想定外だったのは、一番仲間になってほしいと思っていた人物の発言だった。ツイッター・ジャパン代表取締役、笹本裕氏は番組の中で語った。

 「ヘイト自体は残念ながら、僕らの社会の一つの側面だと思う。それ自体がないものだとしてしまっても、実際にはあるわけですから、それ自体を認識しなくて社会が変わらなくなるよりは、それはそれで一つあるということを認識して、社会全体が(ヘイトがある現状を)変えていくことになればと思います」

 崔さんは絶句した。

 「ヘイトが社会の一側面だなんて、差別の存在を肯定しているようで、無責任」

 笹本氏は、ツイッターが悪用される現状に危機感を持っているという。だが、「ヘイトツイートを一律に削除することは、一企業の対応では限界があると感じています」というナレーションに続く発言からは、現状を追認することで、対処しきれない責任から目を背ける自己弁護しか伝わってこなかった。

 ヘイトを手軽に書き込めるツイッターのありようが問われているのに、社会全体が変えていけばいい? 人ごとのような物言いからは、自身が社会の一構成員であるばかりか、自社のサービスが差別の道具となり、差別がはびこる社会を形作っているという自覚も、痛恨も感じられない。

 ツイートを削除すれば、差別が見えなくなり、差別がなくならなくなる? 見えなくなるだけで、どれだけの人が救われるだろう。何より認識するべきは、ヘイトツイートが放置されてきた結果、あおられた憎悪が、身体的危害を加えるヘイトクライムの一歩手前まで肥大している危機的な状況だ。その当事者として示さなければならないのは、限界でも諦めでもなく、差別と断固闘うという姿勢であるはずだ。

 そもそもツイッターは利用規約でヘイト行為を禁止し、違反した場合はアカウントを停止すると定めている。1年前に応じた神奈川新聞のインタビューでは、「自由な声が発信されるのがツイッターのあるべき姿。それには安心安全な場でなけれはならない」「差別を放置すれば、助長し、加担することになる」とヘイト対策に意欲を示していた笹本氏だが、このたびの発言は、自ら語った理念も、自社ルールさえも覆す。たとえ編集された発言の前後で何を語っていようと、被害者の振り絞るような訴えを台無しにするものであった。


ヘイト対策の必要性について語る笹本氏。1年後のクローズアップ現代プラスでの発言の後退ぶりにはツイッター上でも失望と批判が集まった=2016年12月、東京都中央区のツイッター・ジャパン
ヘイト対策の必要性について語る笹本氏。1年後のクローズアップ現代プラスでの発言の後退ぶりにはツイッター上でも失望と批判が集まった=2016年12月、東京都中央区のツイッター・ジャパン

 やはりNHKのインタビューに初めて応じたというツイッターの創業者、ジャック・ドーシー最高経営責任者(CEO)も同じだった。

 「私は楽観主義者です。人類の未来はとても明るいと考えていますし、未来に直面するであろう問題は、人々の手で解決できると考えています。そしてツイッターには、そのためのコミュニケーションの場となってほしい。人類が進化するためには、私たちが抱える課題について議論し、その問題が重要なのかそうではないのか、理解する必要があります。そうすれば、正しい方向にエネルギーを向けられます」

 いま直面している問題への責任はやはり感じられない。ツイッター上にあふれる悪罵に沈黙を強いられ、コミュニケーションの場から排除されているのは誰か。差別を受け、表現の自由を奪われたマイノリティーが被害の声も上げられず、どうして「私たちの課題を議論し」「問題を理解」できるというのか。いつ実現するかもしれぬ明るい未来が訪れるまで、「出ていけ」「死ね」という迫害を甘んじて受け続けろ、というのか。

抗議でも非難でもなく



 笹本氏は抗議集会の模様をインターネット中継で見ていたという。その目には何が映っていたのだろう。

 主催者の求めでマイクを握った崔さんは言っていた。

 「私にとってのツイッターは、花芽が出たらうれしくて、つぼみが膨らんだらうれしくて、花が咲いたらうれしくて、大切な人たちに知らせたくて、夜空に月が見えたらうれしくて、それをツイートする。その心豊かな、大切なコミュニケーションツールでした。それがいまは、『死ね』『出て行け』『殺せ』『ゴキブリ』『いなくなれ』…。毎日、ツイッターの通知が来ると怖いです。つらいです。苦しいです。ツイッター社の皆さん、どうか助けてください」

 ツイッターで、名前から顔写真、職場、生活圏、そして長男までがさらされ、見知らぬ誰かからいつ襲われるかという恐怖がつきまとって離れない。地元の川崎警察署に自宅周辺の巡回パトロールを依頼し、表札を外し、子どもとは近所を一緒に出歩かない。玄関のドアノブに手を掛けるたび、扉の向こうにレイシスト(人種差別主義者)が立っているのではないかと身構える。電車で隣に座った人がスマホをいじっていれば「私のことをツイートしているのは、この人かもしれない」と考えずにはいられない。


ツイッター・ジャパンが入るオフィスビルを見上げ拡声器のマイクを握る崔さん。集会の主催者の求めに応じ、自身の被害を切々と語った=9月8日、東京都中央区
ツイッター・ジャパンが入るオフィスビルを見上げ拡声器のマイクを握る崔さん。集会の主催者の求めに応じ、自身の被害を切々と語った=9月8日、東京都中央区

 殺される夢を見てから、うまく眠れない。何を食べても味を感じなくなった。

 長男はヘイトツイートが削除されたか、新たな投稿がなされていないかをスマホで確かめるのが朝の日課となり、ため息をつきながら学校へ行く。街中では他人のふりをするのよと言って聞かせていた小学生の次男は思わず手を振ったことをごめんなさいと謝り、「ヘイトスピーチってどこまでもついてくるんだね」とこぼした。

 抗議でも非難でもなく、懇願はこう続いた。

 「今日、ここで笹本社長やツイッター社の皆さんにマイクを持って言葉を届けたことがまたツイッター上に書き込まれたら、きっともう今夜からずっと『出ていけ』『死んでしまえ』という書き込みがされることでしょう。でも、私は怖くないです。私はツイッター社のみなさんの良心を信じています。自社の運営ルールにのっとって、きちんとヘイトスピーチを削除してくれる。そう信じて、だからこのようにマイクを持ってみなさんに思いを届けています」


崔さんの小学生の次男が川崎市にパブリックコメントとして提出した絵画。執拗にヘイトスピーチを繰り返すレイシスト像に刻まれた恐怖を映し出す
崔さんの小学生の次男が川崎市にパブリックコメントとして提出した絵画。執拗にヘイトスピーチを繰り返すレイシスト像に刻まれた恐怖を映し出す

崔さんの長男のパブコメ。大きな文字で書かれた「差別を禁止して下さい」に切実な思いがにじむ
崔さんの長男のパブコメ。大きな文字で書かれた「差別を禁止して下さい」に切実な思いがにじむ

 抗議集会を受けて、笹本氏は神奈川新聞社にコメントしていた。

 〈ヘイトスピーチに関しては日本法人を含めたツイッターの社員一同、皆さま同様に心を痛めており、ツイッター上のツイートを放置するつもりはございません。数の公表はできませんが、すでに毎日大量のツイートに対処しています。100%ご満足いただく結果をもたらすことはなかなか困難ではありますが、一同、最大限の努力のもとで改良していこうとしています。ご批判は真摯に受け止め、今後も努力は当然ながら惜しみません〉

 一体、いつまで待てばいいのか。「出ていけ」「死ね」のツイートは実際の行動となって現れ始めている。「朝鮮人は朝鮮へ帰れ」と怒鳴り散らす電話が職場にかかってきた。ゴキブリの死骸が入った封書が送りつけられてきた。頭部と胴体がばらばらにちぎられていた。ツイッター上で繰り返し呼び掛けられてきた「ゴキブリ朝鮮人」「殺せ」は、卑劣な送り主の手で実行に移されていた。

屈せず、諦めず



 自分だけ守られればよい、などと思ったことは一度もない。個人的な問題ではないからだ。

 法務省がことし3月に公表した外国人住民実態調査報告書は、在日外国人が広く日常的に受けているインターネットによる差別の一端を伝える。

 「日本に住む外国人を排除するなどの差別的記事、書き込みを見た」は41・5%に上り、「自分のインターネット上の投稿に、差別的なコメントを付けられた」は4・3%。「差別的記事、書き込みが目に入るのが嫌で、そのようなインターネットサイトの利用を控えた」は19・8%、「差別を受けるかもしれないので、インターネット上に自分のプロフィールを掲載するときも、国籍、民族は明らかにしなかった」は14・8%だった。

 さらに回答者の内訳を国籍・地域別にみると、ヘイトスピーチの標的になっている在日コリアンにより大きな実害が生じていることがうかがえる。「差別的記事、書き込みを見た」は全体では41・6%だが、韓国では67・7%、朝鮮は78・3%に跳ね上り、「インターネットサイトの利用を控えた」は全体の19・8%に対し、韓国が37・0%、朝鮮が47・8%。「国籍、民族は明らかにしなかった」は14・9%から、韓国で27・4%、朝鮮で52・2%、「差別的なコメントを付けられた」は4・3%から、韓国で6・4%、朝鮮で8・7%となり、軒並み平均を大きく上回っている。

 ネット利用を控えたり、利用方法を変えたりするという実害が生じ、マイノリティーの社会につながる回路が断たれている。その場その場で傷つけられるだけでなく、自分が自分であるかけがえのない人生が奪われている。

 差別に甘んじているような態度を子どもたちに示すわけにはいかない。仕方がないとやり過ごすわけにいかない。在日コリアンであることに肯定的なイメージを持つことができず、高校3年生の秋まで日本名を名乗る「隠れコリアン」だった崔さんは、そんな思いが強い。

 差別のない「共に生きる」まちづくりを手がける社会福祉法人青丘社の職員として、さまざまなルーツを持つ地域の子どもたち、若者たちが交流する施設「川崎市ふれあい館」で働き20年余、民族名で堂々と生きる姿を子どもたちに示すことが役目と、自らに任じてきた。絶やさぬ笑顔が、違いこそは豊かさだと伝えてきた。

 だからアカウントにはもちろん本名を使った。実名で報じられることもいとわなかった。


桜本の毎秋恒例「日本のまつり」で朝鮮半島の伝統芸能「プンムルノリ」を舞う崔さん。地域の在日1世のハルモニ(おばあさん)に「一番うまかったわよ」と褒められ、笑顔がはじけた=11月19日、川崎市川崎区
桜本の毎秋恒例「日本のまつり」で朝鮮半島の伝統芸能「プンムルノリ」を舞う崔さん。地域の在日1世のハルモニ(おばあさん)に「一番うまかったわよ」と褒められ、笑顔がはじけた=11月19日、川崎市川崎区

 差別は、差別される側に原因があるのではない。差別をする側と、それを許す社会がいけない。在日コリアンであるというだけで差別され、その上、排斥の言葉までを投げつけられる社会のままであって、これからを生きる子どもたちが、どうしてありのままの自分を生きられよう。

 そのまぶたに一つのツイートが焼き付く。

 〈嫌なら見なければいい〉

 見ている自分がいけないというのか。断じて、違う。学校でいじめられている子に対し、先生は目をつぶり、耳をふさいでやり過ごしなさいとは言わない。いじめている側にやめなさいと注意をし、言葉のつぶてを取り上げるはずだ。

 崔さんはあらためて言う。

 「自分たちで決めたルールなのだから、違反しているツイートを削除し、アカウントを停止するのは特別なことではなく、当たり前なはず。ましてやツイッターは公共の場と呼べる存在。そこが差別者の居場所、活躍の場となり、差別の現場になっているという自覚を持ってほしい」

 屈したわけではない。諦めたわけでもない。

 ツイッターをやめた翌日、東京・下北沢の小さな書店に崔さんは向かった。

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