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アルビノが問う「普通」 粕谷幸司さんに聞く

社会 神奈川新聞  2017年11月26日 11:28

人がひしめく昔ながらの商店街にたたずむ粕谷さん=東京都内
人がひしめく昔ながらの商店街にたたずむ粕谷さん=東京都内

 生まれつき頭髪が茶色にもかかわらず、大阪府立高校の女子生徒が校則を理由に黒染めを強要されたとして府を訴えた問題が報じられた。垣間見えるのは「日本では黒髪が普通だから」という固定観念ではないか。では、普通に合わせるのが正しく、普通でないことは間違っているのか。そもそも普通って何だ-。先天的に肌や体毛が白い「アルビノ」のエンターテイナー粕谷幸司さん(34)=東京都在住=を訪ねた。

 都内の商店街の外れにある小さな居酒屋。天井の電球に照らされ、透明感を帯びた白い髪が光る。粕谷さんは丁寧に言葉を発した。

 「『人と同じではない』ということと、『普通ではない』ということは、違うんじゃないかな」

 自分はアルビノの人生しか生きていないから、世間でいう普通の人の感覚を知らない。逆に普通の人は、いわゆる普通という基準から外れた自分の感覚は分かるはずがない。普通の基準は人それぞれ違う。「だから僕と社会一般の普通の感覚は、平行線でずっと交わることがないと思う」

 1983年夏、埼玉県所沢市で生まれた。頭髪からまつげまで全身の体毛が白く、瞳も青っぽい赤ちゃん。診断を受けるまでもなく、すぐに遺伝子疾患のアルビノと分かった。

 母親は悲観しなかったという。それどころか、常に「幸司は他の人と違ってきれいね」と声を掛け、愛情を注いでくれた。だからだろうか。粕谷さんは劣等感を抱くこともなく、自信を持って生きてきた。環境が変わるたび、自分の口から教諭や同級生らに自らの特性を説明し、理解を得てきた。

 現在は写真モデルをはじめ、声優の仲間と組んだユニットで楽曲発表やインターネットラジオ放送を行うなど、タレント、エンターテイナーとして活躍する。

 かつて、顔にあざがあるなど偏見に苦しんでいる人たちと一緒に「見た目問題」というくくりでメディアに取り上げられたことも何度かあった。しかし、粕谷さん自身は「(外見のことを)社会問題として押し出すのは、僕のやりたいこととは違う」と、今はそうした活動とは距離を置いている。

 粕谷さんは言う。「僕の人生において、僕という人間がアルビノであるのは普通のこと」

「弱者」



 さまざまな立場や価値観の人が混在する社会では、多様性を認めることと同時に、生きていく上で「これが一般的」という一定のルールや基準としての普通は必要だと、粕谷さんは考える。

 例えば、昨年7月の相模原障害者殺傷事件。被告の男は「障害者は不幸をつくることしかできない」などと、優生思想的な供述をしたとされる。インターネット上では被告に同調する匿名の書き込みは散見されるものの、表立って賛同の意を主張する勢力はほぼない。それは、「被告の考え方は一般的に考えて間違っている」という基準が社会に根ざしていることが理由ではないか。「倫理観についても、きちんと『この思想は普通じゃない』という感覚を多くの人が認識しておくことが大切。そうでないと、人も社会も成り立たなくなる」

 一方、「こうあるべきだ」という規範としての「普通」は、時に人の意識を縛る鎖となり得る。


愛煙家の粕谷さん。少しでも歯が黄ばむと髪や肌の白さからすぐ目立ってしまうのが悩み。最近、歯科でホワイトニングを受けたという=東京都内
愛煙家の粕谷さん。少しでも歯が黄ばむと髪や肌の白さからすぐ目立ってしまうのが悩み。最近、歯科でホワイトニングを受けたという=東京都内

 多くの場合、普通から外れた人間はマイノリティー(少数派)と見なされ、場合によっては社会的弱者として支援の対象となる。アルビノの当事者支援団体も国内に複数ある。支援団体のウェブサイトには「悩み」「問題」「孤独」「理解を得られず」といった文字が並ぶ。

 粕谷さんは自分自身を弱者と感じたことがあるのか。

 「見た目について何か言われたり思われたりして、他人の目を気にするのは、アルビノに限らずみんな当たり前のことだと思う。それに、少なくとも悪意がある人を除けば、知らない物事をうまく扱えないのは何も悪いことではない。だから『被害を受けた』『弱者だ』とは思わない」

 それで傷付かないのか。「理解してもらえないときは、もう関係を切ってしまう。時々『粕谷さんは強いね』って言われることがあるけれど、僕は冷たいだけ。裏返せば多分、臆病だからでもある」。無意識のうちに、気にしないようにする。逃げ道を探す。どこかで普通を意識しているからこそ、そうして自分を守って生きてきた。

強いる



 普通を他人に強いることは一種の暴力だと考える。強いる側がマイノリティーであろうが、マジョリティー(多数派)であろうがそれは変わらない。「そもそも『あなたが間違っているから正しく直りなさい』という道理はおかしいと思う」

 粕谷さんは大学時代、就職活動があまりうまくいかなかった。茶色に染髪していた同級生が黒く染める中、「僕はもともと白いからな」と、地毛のまま証明写真を撮影。面接の場で「黒く染められる?」と問われたこともあったが、それでも証明写真を撮り直すことはなかった。

 アルビノだから落ちたという確証はない。だから原因は自分の能力不足だったと思う。粕谷さんはそう念を押すように前置きしつつ言い切る。「仮に、世の中に合わせて黒く染めろ、ってはっきり言われていたとしても、『つまんねえやつだな』って自分から身を引いたと思う。何とか分かってもらおうと思っても、つらいだけだから」


「ネットで『アルビノ 日本人』って検索したとき、一番たくさんヒットするのが僕です」と語る粕谷さん。人と違うことを逆手に取って、エンターテイナーとして第一線で売れるのが目標だ=東京都内
「ネットで『アルビノ 日本人』って検索したとき、一番たくさんヒットするのが僕です」と語る粕谷さん。人と違うことを逆手に取って、エンターテイナーとして第一線で売れるのが目標だ=東京都内

 普通を強いることを是とする空気が社会に蔓延(まんえん)すると、いつしか普通となることが理想となる。「普通でない=間違っている」との考えに思考を支配され、普通から外れることが社会的プレッシャーとなり、やがて生きづらさにつながる-。粕谷さんはそう感じている。

 では、普通でなければ苦しみにつながる不寛容な社会を生きていくためには、何が必要か。

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