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予知はどこへ 読めぬ巨大地震(下)

社会 神奈川新聞  2017年11月23日 09:25


右から地震予知を批判し、新たな情報にも疑問を投げ掛けるゲラー名誉教授。受け手の視点から新情報の課題を指摘する広瀬名誉教授
右から地震予知を批判し、新たな情報にも疑問を投げ掛けるゲラー名誉教授。受け手の視点から新情報の課題を指摘する広瀬名誉教授

 果たして今回の東海地震予知の見直しは、抜本的なものといえるのか。政府がこれまで目指してきた直前予知を「できない」と結論付けた中央防災会議の作業部会が検討する以前から、予知のありようや問題点を問い続けてきた識者には、どう映るのか。

「抜本見直しでない」
地震学者 ロバート・ゲラー氏


 「遅すぎた対応だが、このまま予知を続けてはいけないと認めた点は評価できる。でも、今後実施していく内容については評価できない。新しい情報なんて、いいかげんなものだ」

 かねて「地震予知はできない」と主張してきた地震学者のロバート・ゲラー東大名誉教授(65)。中央防災会議の作業部会が9月にまとめた報告書に一定の理解を示しつつ、強く疑問を投げ掛ける。

 数々の論文や著書などで、東海地震予知の根拠法である大規模地震対策特別措置法(大震法)の廃止を訴えてきた。だが、政府は同法の扱いを棚上げにしたまま予知を取りやめ、「南海トラフ地震に関連する情報」という新たな警戒情報の運用を始めている。

 「予知を否定しておきながら、大震法と判定会(地震防災対策強化地域判定会)が存続するというのは大いなる矛盾」。地震学者ら6人が委員を務める判定会は東海地域で地震に結び付く異変がないか見極める役割を担ってきた。予知の終了とともに役目を終えるのではなく、新情報について判断する「評価検討会」と一体となって今後も開催されるという。

 一方で、新情報についても「具体的に二つの問題がある」とゲラー名誉教授は言う。

 一つ目は、新情報の発表対象となる主なケースのうち、南海トラフのどこかでマグニチュード(M)7・0以上の地震が起き、より大規模な地震や隣接海域での連動地震を警戒する場合だ。「通常の地震でも、発生から数分でテレビなどに地震速報が流れ、1~2時間後に気象庁が記者会見で地震の解釈を示している。わざわざ判定会などを開いて別の情報を出す必要はない」

 二つ目として、静岡・駿河湾などに展開されている「ひずみ計」という観測装置で、巨大地震の前触れと考えられる地殻変動が観測された場合の対応の問題点を挙げる。これは東海地震予知で捉えようとしていた「前兆滑り」という現象で、以前の仕組みであれば、大震法に基づいて各種の規制の合図となる首相の「警戒宣言」が発表されることになっていた。

 だが、警戒宣言を出すような確実な予知ができないという現実が明確になったからこそ新情報に移行することになっただけに、「前兆」を引き続き対象に加えたことについて、「国民のためでなく、保身のための判断だ」と手厳しい。

 「そもそも大震法が制定された1978年当時も、信ぴょう性の高い前兆現象など見つかっていなかったが、それがあるという建前で法律が作られた」と出発点の問題を指摘。その上で現状の到達点について、「日本だけでなく、海外でもGPS(衛星利用測位システム)などの観測網が整い、地殻変動観測の精度は高まった。それでも、地震の前兆現象は見つかっていない」とし、「もしかしたら注意喚起ができるのではないかと考えて情報を出すというのは、無責任だ」。

 予知への批判が高まった1995年の阪神大震災の後、政府の「地震予知推進本部」は廃止され、「地震調査研究推進本部」が新たに発足したが、予知体制の見直しには至らなかった。「あの時と同じように看板が替わっただけ。とても抜本的な見直しとはいえない」

「危機感持てぬ情報」
災害心理学者 広瀬弘忠氏


 〈南海トラフの大規模地震の発生可能性が平常時に比べて相対的に高まっていると考えられます〉

 そうした呼び掛けが国からなされた場合、人は何を思い、どう行動するのか。

 「平常時の地震の可能性が0%なのかどうかも分からないのに、『相対的に高まっている』では、どの程度リスクがあるのか理解できない」。災害心理学者の広瀬弘忠・東京女子大名誉教授(75)は「南海トラフ地震に関連する情報」の表現に、注意喚起の情報としての限界をみる。

 「危険が迫ってきていることが誰の目にもはっきりと分かる状況なら話は別だが、意味をつかめない情報をいくら発せられても、何もしないのが普通。そもそも情報というのは、その中身が明確でないと、相手に伝わらないものだ」

 情報を出す側の論理と受け手側の理解。新情報の文言は前者が勝り、後者に対する目配りが欠けていると広瀬名誉教授は受け止めている。

 「科学的な手法で危険性を伝えるのであれば、何らかの数値を示すのが一般的だ。形容詞を使いながら文脈を理解してもらおうとする内容では、聞き手へのアピール度はゼロに近い」。そして背景を読む。「数値などで表現できず、ある意味で受け手に忖度(そんたく)を求めるような内容になっているのは、地震学者の自信のなさを示している。『起こるかもしれないし、起こらないかもしれない。今までよりは、少し危険が増しているように見える』と言っているにすぎない。責任は問われないかもしれないが、こうした表現を取らざるを得ないところに、この情報の限界がある」。だから、「受け手は危機感を持ちようがなく、素通りしてしまう」と効果に疑問を呈する。

 加えて、「この情報が発表されたときに、どのような対応行動を取るべきかが明確にされていないところにも問題がある」という。家具の固定や避難場所の確認などを呼び掛けることまでは決まっているが、「それでは『火の用心』と変わらない」と指摘する。

 新情報の開始に伴い、発表されることがなくなった東海地震予知の警戒宣言などについても、実質的に運用されることがないまま40年近くが経過。見直しが検討される以前から「既に形骸化し、警戒宣言が出されてもパニックが起きるどころか、人々は注意を払わない」と広瀬名誉教授はみていた。

 一方でこの間、情報通信環境は様変わりし、好まない情報まで手元のスマートフォンに次々と届くようになった。「いろいろな情報が入り乱れている中で、気象庁の発表だから正しい内容だと人々が受け止め、行動を起こすと思うのは間違いだ」

 災害心理学には、「正常性バイアス」という概念がある。人が直面する異変や都合の悪い状況を無視したり過小評価したりすることで、「自分は大丈夫」と思い込んでしまう。災害時に逃げ遅れを招く一つの要因とされている。

 だからこそ、強調する。「気象庁は学者ではなく、防災機関だ。人々に注意を呼び掛けて行動を促そうとするなら、危険性が増しているということをより明確に伝えるべきだ。当事者意識を欠いたようなメッセージしか送れないならば、情報を出す必要はない」


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