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「明日」を運び80年 川崎鶴見臨港バス物語(上)工都支えた女性運転士

社会 神奈川新聞  2017年11月19日 02:00

川崎鶴見臨港バスの電気バス1号車(同社提供)
川崎鶴見臨港バスの電気バス1号車(同社提供)

 日本の発展を支えた京浜工業地帯の工都川崎。その従業員の足として活躍し続けてきた、川崎鶴見臨港バスは18日に創業80周年を迎えた。その歴史は苦難の連続だったが、知恵と進取の気概で乗り越えてきた。同社が80年間、運んできたものを振り返る。


 環境に優しいエコカーの代表、電気自動車。最新技術の結晶とされる、その電気自動車のバスが、70年以上前の戦時中、川崎の臨海部で30台以上が走り回っていた。

 「1939年、東日本で初めて電気バスを導入したのは、川崎鶴見臨港バスでした。戦後、連合国軍総司令部(GHQ)が視察に来るなど、当時としては技術水準も高かったのでしょう」と田中伸介・同社社長は話す。ただ、導入のいきさつは現代のそれとは少々異なっていた。

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電気自動車の電池交換作業(同社提供)
電気自動車の電池交換作業(同社提供)

 37年11月18日、同社の前身、鶴見川崎臨港バスは鶴見臨港鉄道(現在のJR鶴見線)から独立。翌38年には川崎乗合自動車と合併し、川崎・鶴見の工業地帯の主要輸送機関「川崎鶴見臨港バス」となった。折しも日中戦争が始まり、軍需工場が活発化、その従業員輸送で活気づいていた。しかし、同社営業開始の同年5月1日は、くしくも石油不足によるガソリン消費規制が始まった日でもあった。

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