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原子力艦船 1000の航跡(上)
消えぬ地域の懸念 常態化

社会 神奈川新聞  2019年11月03日 10:12

米海軍横須賀基地に入港する原子力空母ロナルド・レーガン=2日午前11時半ごろ
米海軍横須賀基地に入港する原子力空母ロナルド・レーガン=2日午前11時半ごろ

 原子力艦船の米海軍横須賀基地(横須賀市)への通算寄港回数が2日、千回となった。国内の寄港地3カ所の中で横須賀は際立ってその数が多く、2008年に原子力空母が初配備されて以降は、滞在も常態化している。最初の寄港から半世紀余り。米軍は安全性を強調し、地元からの反発の声もか細くなってきたが、懸念が決して消えたわけではない。横須賀の現在地はどこにあるのか。

 全長300メートルを超す巨体が視界に入ってきたのは、2日午前11時すぎだった。監視に当たっていた地元の市民団体のボートが、まるで水面に浮かんだ一枚の葉のように映る。

 第40代大統領の名を冠した米原子力空母ロナルド・レーガン。軍事機密の厚いベールに包まれた原子炉2基を搭載する世界最大級の軍艦が事実上の母港に帰還したこの日、原子力艦船の横須賀への通算寄港回数が千回の節目に到達した。

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 「原子力空母の運用をやめろ」「レーガンはいらない」。通算寄港回数が999回となっていた10月1日夜、原子力空母の母港化の撤回を求める集会が神奈川平和運動センターなどの主催で開かれた。

 同基地を望むヴェルニー公園などで繰り広げられたデモに、参加したのは約1500人(主催者発表)。地元の市民団体のメンバーらがその危険性の訴えに声を枯らした。

 ただ、街の声は小さくなってはいないか。かつての熱を知る高齢の兄弟は、継続して活動に尽力している多くの市民に敬意を示しつつも、そう感じている。

 市内に暮らす兄の正木義雄(87)と、弟の光(84)。同じ地元企業の労働組合の一員だった2人は戦後長く、抗議運動に身を投じてきた。

 「昔はデモをやっていると、賛成する人、反対する人に加えて、見ている人がいた。家から手を振ってくれたり、応援してくれたりする人もいたんだ。市民に関心があった。現状を変えていこうという意思があったんだろうね」

 弟の光は今でも、53年と5カ月余り前の街の光景を覚えている。1966年5月30日。米海軍原子力潜水艦スヌークが降雨の中、原子力艦船として初めて横須賀に入ってきた。

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