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神奈川新聞と戦争
(109)1941年 民衆の思想もリード

神奈川新聞と戦争 神奈川新聞  2019年10月13日 12:00

「スパイは何処にゐる?」と題した寿屋の広告 =1941年9月8日付神奈川県新聞
「スパイは何処にゐる?」と題した寿屋の広告 =1941年9月8日付神奈川県新聞

 新聞広告が大衆思想をリードする-。その任務は、広告スペースを自主的に国策宣伝に提供する「献納広告」が広まる数年前の時点で、広告業界が自ら意識していたことだった。

 経営史学者の中瀬寿一の著書「日本広告産業発達史研究」(1968年)によると、広告代理店の電通が35年夏に開催した講習会で「統制経済よりみたる広告」などのテーマが掲げられ、広告の統制を待望する機運が高まったという。

 講習会で、経済学者の北沢新次郎は「広告の弊害」を指摘。「一方で福引販売をやれば、他方ではそれよりちがったものを出して需要者をつろうとする」とその例を挙げ、「広告業者たちの自制と公の広告統制とがうまく歩調」を合わせる必要を説いた。

 経済学者の土方成美も講演した。自由主義経済の欠陥を補うため、統制経済を提唱した論客として知られる。「需要者を作るのも供給者」であり「広告は“需要の方向をきめる”非常に重大な役割」を担う、と述べた土方は、広告が「経済上の問題ばかりでなく、趣味嗜好(しこう)というものをリードしていく」使命を帯びていると強調した。

 満州事変と日中戦争のはざまにあった35年、広告業界は、商品販売にとどまらず「民衆の趣味・嗜好、さらに思想・文化・教育」(中瀬)を統制すべき役割を自覚したのだった。

 改めて、総動員体制下に商品宣伝から国策宣伝へと転じた41年の寿屋(後のサントリー)の新聞広告を見てみよう。9月8日の神奈川県新聞(本紙の前身)に掲載された「スパイは何処(どこ)にゐる?」は、鋭い目のイラストが恐ろしげだ。

 「彼等(かれら)は決して闇にまぎれて目的物を盗み出すなどといふやうな単純なことはしない。全国に張られた合法的な組織網を、合法的な名目で、巧みに利用する」「どんな断片的な情報も細大洩(も)らさず寄せ集められ(略)立派な重要機密になつてゐる」「スパイの利用する合法的な組織網とは、多くは外国系の銀行会社、教会、社交団体等である」

 実際にスパイ活動があったにせよ、思想統制の担い手を自任した広告メディアが、「外国」への偏見を助長した一面は否めない。


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