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神奈川新聞と戦争
(107)1941年 巧みな生き残り策も

神奈川新聞と戦争 神奈川新聞  2019年09月29日 05:00

「伊豆半島温泉めぐり」と「ライトインキ」の広告が並んだ1941年8月15日付の神奈川県新聞
「伊豆半島温泉めぐり」と「ライトインキ」の広告が並んだ1941年8月15日付の神奈川県新聞

 寿屋(後のサントリー)が戦時体制に貢献する「献納広告」にいち早く走ったとはいえ、1941年夏の時点では、全ての新聞広告が自社製品を二の次に戦意高揚のスローガンを掲げていたわけではない。

 例えば8月15日の神奈川県新聞(本紙の前身)「県下版」には、伊豆周辺16軒の温泉旅館が合同で制作した「伊豆半島温泉めぐり」という広告が掲載された。「横浜旅行案内所」の名が横浜市中区長者町の住所とともに記され「伊豆箱根及(および)全国温泉案内」「旅と旅館のことは一切無料」と読者をいざなった。

 富士山のイラストをあしらった鉄道やバスの路線図には湯河原、熱海、伊東、熱川、下田、土肥、修善寺といった名高い温泉場が書き込まれ、昭和初期に流行した鉄道旅行絵図の簡易版のような趣さえある。

 戦時色が辛うじて読み取れるのはゴシック体の「伊豆半島温泉めぐり」の横に小さく添えられた「銃後の守りは先(ま)づ健康から・旅に鍛へよ心と力」との文句だが、これは取って付けたような感が否めない。

 同月21日にも、絵図こそないが「箱根温泉 有名旅館案内」として、7軒の旅館が合同した広告が掲載された。現在も盛業中の老舗の名もある。惹句(じゃっく)に「夏に鍛へよ」とあるが、それはごく小さな活字だ。

 戦争に備えた鍛錬を名目に総動員体制に迎合しつつ、本業を維持する巧妙な「知恵」が読み取れる。

 同時期の紙面には「東西南北 電撃的にライトは伸びゆく世界の果てまで!」と、日本軍の拡大路線を連想させる「ライトインキ」(万年筆のインク)や、「鍛へよ肉体」「総合的栄養剤をとり鉄の身体に錬成しませう!」とした「ミツワ肝油ドロップス」など、時局に便乗した広告が数多く見られる。それは、企業にとって切実な生き残り策でもあっただろう。

 寿屋にしても、先駆けて戦意高揚スローガンに広告スペースを献納したとはいえ、少し前までは軍需産業の労働者の健康維持を名目に、薬用酒としてワインを大宣伝していたのだ。


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