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簡宿の街 踊り継ぐ 今夏も寿音頭で輪 横浜

話題 神奈川新聞  2019年09月09日 17:37

♪のんで歌って 怒って泣けば 寿町の夜が明ける


子どもたちの太鼓のリズムに合わせて「寿音頭」を踊る住民たち
子どもたちの太鼓のリズムに合わせて「寿音頭」を踊る住民たち

 ♪稼げ 働け 働こう/おいらの町に灯(ひ)がともる/心に大きな灯がともる-。横浜市中区の簡易宿泊街・寿地区で今夏開かれた盆踊りでは、オリジナル曲「寿音頭」がにぎやかに響いた。半世紀もの昔、活気に満ちたこの町で暮らしていた日雇い労働者が作詞した。住民は「労働者の町だったこの町の歴史を大切にしたい」とやぐらを囲み、輪になって踊った。

 ♪のんで歌って 怒って泣けば/寿町の夜が明ける/仕事だ 港が 待っている-。

 盆踊りは「寿夏まつり」と銘打つ夏恒例イベントの一環。主催する実行委員会は今年、寿音頭の歌詞をプリントしたうちわを配った。イベントの中心メンバーの1人で、建設現場で働くミュージシャン小林直樹さん(48)が発案した。


寿音頭について語り合う小林さん(右端)ら=寿公園
寿音頭について語り合う小林さん(右端)ら=寿公園

 寿音頭は1973年、寿地区で20年近く暮らしていたという日雇い労働者の渡部喜義さんが作詞し、発表した。日雇い労働者の生活相談所「寿生活館」で勤務経験がある元横浜市職員で沖縄大学前学長の野本三吉(本名・加藤彰彦)さん(77)は、渡部さんと親交があった。

 野本さんの著作「個人史・生活者」(社会評論社)によると、渡部さんは60年代、寿地区の住民運動で活動し、「寿しんぶん」の編集や自治会の設立にも参加した。盆踊りや冬まつり、子ども食堂でも活躍した。

 寿音頭が発表された73年は第1次石油ショックで経済成長率は急激に鈍化。不況で仕事を失う日雇い労働者が町にあふれた。寿地区で炊き出しなどの越冬活動が始まったのはこの年だ。


寿音頭を作詞した渡部さんを紹介する小林直樹さん=寿生活館
寿音頭を作詞した渡部さんを紹介する小林直樹さん=寿生活館

 活気あふれる寿の日常を歌詞に込めた渡部さんは75年に孤独死した。仕事を失い、簡宿の宿泊代が払えなくなり、追い出され、体を壊した。野本さんは記す。

 〈寿地区に集中的に現れている下層労働者の実態は、高度成長期政策にめいっぱい使われ、そして何の保障もないまま捨てられてゆくという、文字通り使い捨ての中にいるのである〉

 小林さんは、今年の寿夏まつりに合わせて発行した「寿町フリーコンサート40年記念誌」(同実行委員会編集・発行)に寿音頭を巡る歴史を紹介した。「福祉のニーズが高くなり町は変わったが、かつては大勢の日雇い労働者が生きていた町だったことを伝え残したい」


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