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神奈川新聞と戦争
(105)1941年 国民の心を統制する

神奈川新聞と戦争 神奈川新聞  2019年09月15日 05:00

 1941年に文部省が制定した「国民礼法」に倣い「何軒あらうと ひと世帯」を掲げ、同年8月4日の神奈川県新聞(本紙の前身)に掲載された寿屋(後のサントリー)の広告。隣近所は仲良くし、公共物を清潔に-と広告で呼び掛けた背景には、戦時の翼賛体制下、住民の組織化と相互監視を目的とした「隣組」の成立があった。

 礼法を冊子化した「昭和の国民礼法」(国民礼法研究会編著)の序文の書き出しは次のようなものだった。「礼は人として必ず履(ふ)み行はなければならない大切な道であつて、君臣の義、父子の親、長幼の序、上下の分、みな礼によつて自然に斉(ととの)ふものである」。いずれも儒教が説く五倫五常や、朱子学の上下定分の理といった徳目から引用された言葉で、戦前一般の価値観が示された。

 続く段落にはこうある。「我が国の礼は、上は皇室を尊び、神明を敬ひ、下は国民互(たがい)に親和一致する心を本として起(おこ)つたもので、我が肇国(ちょうこく)の最初より厳存する精神である」。ここで、一般的な道徳と天皇制の国家原理が結びつく。

 いわく「臣民は皇室を敬ひ奉る心から、上の定めさせられたところに従つて、礼を定めてゆく」「我国(わがくに)は(略)これを手本として、家庭、社会に於(お)ける教育を指導して来た、これが乃(すなわ)ち大和魂となり武士道となつた」「実に礼法によつて日本精神が培はれた」。つまり国民礼法とは、天皇の臣民として守るべき振る舞い、ということになる。

 しかし序文は慨嘆する。「今日の家庭、学校、社会」で「大切な礼法をとかく軽視」し、「いやしくも東亜の盟主を以(もっ)て任ずる大国民の態度かと疑はれるやうな起居(たちい)振舞(ふるまい)」が目立つようになったというのだ。

 そして、その原因を「家庭教育を忽(ゆるが)せにして顧みなかつた結果」や「誤つた自由平等の思想」に求める。近年の、戦前の家族観を再興しようとする改憲案や、道徳の教科化を巡って持ち出された論理に似通っていて、興味深い。

 それはそうと、序文は、国民礼法が「日本固有の精神」であり「大国民にふさはしい」ものだと説く。そして「一億一心、親和協力の規範」「時局下、一億民の教典」だと強調する。

 自由主義で多様化した国民の心を一つの方向に統制する。いうまでもなく、戦争遂行という方向に、である。


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