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神奈川新聞と戦争
(104)1941年 隣組は天皇を支える

神奈川新聞と戦争 神奈川新聞  2019年09月08日 05:00

文部省「昭和の国民礼法」に基づいた1941年8月4日付の広告。左下にある「赤玉ポートワイン」の活字は極小
文部省「昭和の国民礼法」に基づいた1941年8月4日付の広告。左下にある「赤玉ポートワイン」の活字は極小

 「何軒あらうと ひと世帯」。1941年8月4日の神奈川県新聞(本紙の前身)に掲載された寿屋(後のサントリー)の広告だ。自社の広告欄を国策宣伝に提供する「献納広告」の一例で、県新聞では同社は7月7日付から始めた。本来は大書すべき「赤玉ポートワイン本舗株式会社寿屋」の社名と商品名は、つぶれそうな小さな書体で申し訳程度に記されている。

 挿絵は、道で帽子を取ってあいさつする人。それ自体は日常生活のマナー啓発のようで、戦争と無関係に見える。だが25行もある本文に、真の狙いが透ける。

 「近隣は国民組織の根本です。いつも親みあひ力を協せ、進んでお国の為(ため)に尽さねばなりません」。近隣とは、単なる距離的な「ご近所さん」ではない。総動員体制に基づき、前年に制度化された住民組織「隣組」を指す。近所付き合いと国家がここで直結する。

 続いて本文は「道路下水を清潔にし、公共のものは特に丁寧に取扱はねばならぬ」「何事につけても互に御近所の迷惑とならぬ様、殊に病人や赤ちやんが御近所にある時は一寸(ちょっと)した物音をも慎む心づかひが必要です」と具体例を示す。これも無害らしく見える。

 だが、文末にある「文部省国民礼法より」との注釈で、この広告の出典が明かされる。同年に同省が制定した「昭和の国民礼法」である。詳細は、国民礼法研究会の編著で、250ページもの冊子にまとめられた。

 寿屋の広告が参照したのは第18章「近隣」だ。「近隣は国民組織の本となるもの」「進んで公共の務を全うしなければならない」「殊に新体制とともに生れた隣組、町内会の活動、協力は近隣の睦(むつ)まじく親しい礼法があつてこそ、初めて強化され」などとある。

 他の章は▽起居▽服装▽食事▽応接・接待-といった日常的なものから▽行幸啓の節の敬礼▽神社参拝▽軍旗・軍艦旗・国旗・国歌・万歳-など国家的なものまで多岐にわたる。そして冊子の冒頭には、礼法を身に付ける意義と目的が次のように記された。「礼は、上皇室を敬ひ奉り、下億兆の相和する心より起る」「無窮の皇道を扶翼」。ご近所が支えるのは、天皇制国家だった。


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