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能力主義の陰で〈中〉
障害は「言い訳」か 克服求める熱狂、陰で傷つく人たち

社会 神奈川新聞  2019年08月30日 14:00

 障害は、克服すべき対象なのだろうか。パラリンピック史上「最高の成功」と語り継がれるロンドン大会(2012年)は、障害を乗り越えようと躍動するアスリートの超人性を際立たせた結果、一般の障害者との分断を生んでいた。東京大会まで1年。この国でも、熱狂の陰で、傷つく人たちがいる。(川島 秀宜)


2012年のロンドン・パラリンピック開会式
2012年のロンドン・パラリンピック開会式

 JR東京駅に張られたポスターに、大学職員の男性(41)はたじろいでいた。そこに、パラアスリートの競技写真と、こんなキャッチコピーがあった。

 〈障がいは言い訳にすぎない。負けたら、自分が弱いだけ。〉

 東京都が制作した東京パラリンピックのキャンペーン広告だった。男性は思わずツイッターに投稿した。〈東京都庁で障害者雇用されると、障害を理由にできないことがあっても、「言い訳だ!」と上司に詰められるわけですね〉

 ポスターは選手が自らを鼓舞するせりふで、主義主張を他者に強いる意図はなかった。ただ、男性の投稿は共感を集め、都に批判が集中する。都は「不快な思いをした方々におわびする」と、掲示から1週間余りで撤去を決めた。昨年10月の騒動だった。


男性のツイート。リツイート数は8000を超えた
男性のツイート。リツイート数は8000を超えた

 男性は取材に、統合失調症を患っていると明かし、勤務先の大学に障害者雇用枠で採用されていた。幻覚や幻聴を覚え、周囲に中傷されているような被害妄想に陥ったのは19歳。疲れやすく、集中力が長続きしないのも特有の症状だが、「怠け者」と誤解されやすいという。

 ポスターは「別世界にいるパラアスリートのストイックな美学を押しつけられたようで、傷ついた」と振り返る。「やろうと頑張っても、できないことがあるから困っているのに」

「超人」に置き去りにされる障害者


小倉和夫理事長は「パラリンピックにフェアプレー賞や敢闘賞があってもいい」と提案する
小倉和夫理事長は「パラリンピックにフェアプレー賞や敢闘賞があってもいい」と提案する

 障害の克服を美徳とする発想は「できる者とできない者の分断を生む」。日本財団パラリンピックサポートセンター(パラサポ)の小倉和夫理事長(80)は、そう考えていた。ポスター騒動は「その実例ではないか」。パラサポは、パラアスリートを安易に「超人」と呼ばないようにしている。小倉さんの信念だった。


パラ陸上の芦田創選手を取材するレポーターのドリュー・アンブローズさん(右)=アルジャジーラの映像より
パラ陸上の芦田創選手を取材するレポーターのドリュー・アンブローズさん(右)=アルジャジーラの映像より

 日本パラリンピック委員会は、東京大会で最多22個の金メダルを狙うと表明した。「メダル最優先でよいのだろうか。元来はもっと人間味にあふれ、和やかな大会だった」と、小倉さんは1964年の前回東京大会を振り返る。

 中東の衛星テレビ局アルジャジーラは、2016年の津久井やまゆり園19人殺害事件があぶり出した日本の能力主義について、パラアスリートにも取材し、昨冬に報道した。レポーターのドリュー・アンブローズさんは「障害をめぐる議論は、東京大会に向けて一層激しくなるだろう」と占う。

偏見助長、心のバリアフリー教育にも原因

 競技が高度化した結果、「パラアスリートは障害者の象徴でなくなった」。パラリンピックの社会的影響を調査する一般社団法人コ・イノベーション研究所代表理事の橋本大佑さん(39)は指摘する。

 橋本さんは、現状の「心のバリアフリー教育」は障害者に対する評価の二極化を招く恐れがある、とみている。一方はパラアスリートのように「特別な能力がある」という過大評価。他方は、目隠しや車いす体験で印象づけられる「大変で気の毒」「かわいそう」といった過小評価だ。


橋本大佑代表理事は「教育現場では障害をもつ苦労話がとりわけ好まれている」と指摘する
橋本大佑代表理事は「教育現場では障害をもつ苦労話がとりわけ好まれている」と指摘する

 心のバリアフリー教育は、やまゆり園事件を契機に進み、東京大会が残すべきレガシー(遺産)とする「共生社会の実現」への行動計画に盛り込まれた。「誤った評価が形成されれば、レガシーは破綻する」。橋本さんは17年、そう政府に提言した。

「大成功」のロンドン大会、レガシーは破綻

 レガシーの失敗例とされるのが、パラアスリートの超人性を際立たせたロンドン大会だ。


ロンドン・パラリンピックの開会式
ロンドン・パラリンピックの開会式

 英政府による大会直後の調査で、健常者の8割が「大会によって障害者に対する印象が改善した」と回答したが、障害者の反応は正反対だった。民間調査によると、大会1年後の健常者の態度が「変わらない」「悪化した」と答えた障害者は8割に達した。2割近くは「敵対的な行為や恐怖を感じる行為」を経験していた。

 英コベントリー大のイアン・ブリテン准教授は「『障害は乗り越えるべきもの』とするパラアスリートの能力主義が浸透し、一般の障害者が負い目を感じてしまった。大会レガシーの柱だった『共生社会』は、結果的に遠のいた」と読み解く。


イアン・ブリテン准教授は今春、1カ月にわたって東京都内で生活し、障害者の暮らしやすさを実地調査した
イアン・ブリテン准教授は今春、1カ月にわたって東京都内で生活し、障害者の暮らしやすさを実地調査した

 英国はロンドン大会前、リーマン・ショックの余波に見舞われ、政権交代後の緊縮財政で障害者支援は縮小された。一方でパラアスリートの強化費は増額され、4年後のリオデジャネイロ大会(16年)でメダルの上積みに成功している。国連はこの年、緊縮政策を人権侵害と指摘し、広がる格差に対して「深刻な懸念」を表明した。

 英ケント大のサキス・パップス准教授の調査によると、ロンドン大会は一般の障害者のスポーツ参加を促す原動力にならなかった。パップスさんは「当時の緊縮財政と障害者福祉に否定的な報道が弊害になった」とみる。東京大会はいかにしてレガシーの成否を判断するのか、ロンドン大会を教訓に「明確な指標が必要だ」と忠告する。

 〈つづく〉


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