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記者の視点 デジタル編集委員 石橋学
時代の正体〈521〉忘却と恐慌に抗う 安保法成立2年(下)

時代の正体 神奈川新聞  2017年09月20日 15:33

朝鮮学校無償化訴訟の判決後、垂れ幕を掲げる原告側の弁護士ら=9月13日午後、東京地裁前
朝鮮学校無償化訴訟の判決後、垂れ幕を掲げる原告側の弁護士ら=9月13日午後、東京地裁前

【時代の正体取材班=石橋 学】既視感を覚えた。臨時国会冒頭にも安倍晋三首相が衆院解散に踏み切るという報に、である。

 北朝鮮による核実験と弾道ミサイルの発射が続く。日本の領空のはるか上、宇宙空間をかなたへと飛ぶミサイルに全国瞬時警報システム(Jアラート)が打ち鳴らされ、危機は喧伝される。他方で自ら政治空白を生じさせるという倒錯はどうだ。国民を置き去りにした大義なき政権維持戦略の傲慢は、それでいて選挙では北朝鮮への対応を問うと言ってのける厚顔にも通じている。

 突如吹き始めた解散風の中、日朝平壌宣言15周年という節目の集会で拉致問題の解決を誓ってみせた安倍首相の空疎さに鼻白むのを抑え切れない。とりわけ安倍政権は自らが望む方向へと事を運ぶため、北朝鮮の危機を放置、あるいはあおり、利用してきたからだ。

 2014年7月1日、集団的自衛権行使容認の閣議決定を受けた記者会見。朝鮮半島と幼子を抱いた母親が描かれたパネルの前に安倍首相は立った。新たな安保法制の必要性を説くのに改めて持ち出されたのが半島有事であった。

 朝鮮半島に危機があるとするなら、朝鮮戦争から引き続く米朝の対立にほかならないという、おおもとの問題は不問に付された。

 あくまで危機を生じさせる絶対悪の存在に仕立てる。それには自らの側は常に正義でなければならぬ。犯した過ちを隠し、忘れさせることが必要だった。

 安保法成立1カ月前の8月15日、安倍首相が読み上げた戦後70年談話。朝鮮半島を植民地支配したことへの直接の言及はなかった。侵略の足掛かりとなった日露戦争については「植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々に勇気を与えた」と誇り、正当化してさえいた。

 意味するところは責任の隠蔽である。北朝鮮の成り立ちをさかのぼれば日本の帝国主義に行き着く。植民地支配と侵略戦争の果てに米国との大戦へ突き進み、敗戦によって生じた空白に大国の思惑が入り込み、かの地は南北に引き裂かれた。

 分断の悲劇に向き合うことなく、戦後70年以上を経てなお旧宗主国が果たすべき戦後補償も北朝鮮には一切なされず、国交さえ結ばれない異常な関係が続く。東アジアに和平が訪れていたなら、拉致事件は引き起こされなかったに違いないと省みることもなく。

 忘れさせ、ひたすら恐れさせるために-。

 その無意味さから政治利用というほかないJアラートという名の空襲警報、ミサイル落下を想定した避難訓練が恐れよ、と迫る。歴史修正の動きと対になった差別・排外主義の高まりの先に何が待つのか、目を凝らさねばならない。

公のヘイト


集団的自衛権の行使容認を閣議決定し、記者会見する安倍首相=2014年7月1日夕、首相官邸
集団的自衛権の行使容認を閣議決定し、記者会見する安倍首相=2014年7月1日夕、首相官邸

 政治、行政の中枢たる首都の司法機関が下した判決も、権力の意思を示しているに違いなかった。13日、朝鮮学校を高校無償化制度から排除した国の処分の是非を問うた訴訟の判決言い渡しで、東京地裁は国の主張を全面的に認め、原告である東京朝鮮中高級学校の元生徒の訴えを棄却した。

 粗雑で論理性を欠いた判決が政治外交上の配慮、つまりは忖度をにじませていた。当時の下村博文文部科学相が記者会見で、拉致問題や朝鮮総連との関係を不指定の理由に挙げていた。にもかかわらず、その明らかに法の趣旨に反した理由による処分だとは認めず、支援金が学校に不正流用される恐れがあるという国の主張を丸のみしてみせた。確たる証拠もない「疑惑」を追認し、差別政策にお墨付きを与え、偏見を拡散させるヘイト判決と呼ぶべき代物だった。

 事実によって政治、行政の誤りを正すべき司法の使命の放棄は、在日コリアンが三権分立という民主主義社会の前提の埒外に置かれていることを示している。

 それもしかし、いまに始まったことではなかった。朝鮮学校は戦後一貫して日本政府により弾圧を受けてきた。皇国臣民とされ、奪われた民族の名前と言葉、文化、歴史、そして誇りを取り戻す学び舎は、その存在自体が植民地支配の責任を突き付けるものだからだ。裏返せば、旧宗主国の責任の名の下、在日コリアンの民族教育の場は特段に保障されなければならないはずだ。

 忘れさせ、恐れさせるために-。

 息をのんだ光景がまぶたに焼き付いている。7月20日、家路を急ぐ会社員が行き交う夕暮れの横浜駅西口。神奈川朝鮮中高級学校の生徒が街宣活動に立っていた。高校無償化の適用と自治体によって打ち切られた補助金の支給再開を求め、訴えた。「なぜ朝鮮人というだけで排除されなければいけないのか」。ビラを配る制服姿の女子生徒に初老の男が詰め寄った。

 「こっちはミサイルを撃ち込まれてるんだ」

 金を渡せば北朝鮮へ渡り、またミサイルが造られるというインターネット上で流布する虚説を信じ込んでいるようだった。

 少女は凍り付いた。

 「怖い」

 別の女子生徒には仕事帰りの中年男が畳みかけた。

 「金正恩のことはどう考えているの」「いつまで昔のことを責められなきゃいけないの」

 北朝鮮政府の代弁者であるはずもない日本で生まれ育つ3世世代の、それも子どもを問い詰める倒錯は、ほとんど恐慌をきたしているように映った。街中のヘイトデモやネットの書き込みでなされる排斥の叫びは決して一部の特殊な人間によるものではなく、公によるヘイトによって増幅、正当化され、加害者からすり替わった「被害者」の正義としてこの社会に内在化されている。私がその日、目撃したのは暴力が爆ぜる寸前の荒涼たる風景であった。

非戦を示す


 私は想像する。ミサイル避難訓練に参加しているかもしれぬ在日コリアンの張り詰めた胸の内を。誰かが漏らす「なんでこんな訓練をしなくちゃいけないんだ」との不平がいつ、お前たちのせいだと憎悪に転化し、具体的な危害として向かってきやしまいか-。

 杞憂に思えないのは、最大の悲劇にして、最大の教訓が忘れ去られようとしているからだ。


震災当時少年だった石橋大司さん(故人)が1974年に私財を投じて建立した関東大震災殉難朝鮮人慰霊之碑=横浜市西区の久保山墓地
震災当時少年だった石橋大司さん(故人)が1974年に私財を投じて建立した関東大震災殉難朝鮮人慰霊之碑=横浜市西区の久保山墓地

 東京都の小池百合子知事は関東大震災における朝鮮人虐殺の歴史を認めようとしなかった。朝鮮人追悼式典への追悼文送付を取りやめ、自然災害による死と人の手による犠牲を同列に扱ってみせた。「さまざまな見方がある」と、史実を歴史認識の問題にすり替え、虐殺を引き起こした「朝鮮人が暴動を起こしている」という流言がデマではなく実際に暴動があったかのような余地を残した。

 差別し、迫害していたがゆえに報復を恐れるという身勝手な恐怖は無辜の命を奪い、市井の人々を殺人者に変えた。政府はしかし、虐殺の事実を隠蔽し、凶行に手を染め、あるいは惨状を目撃した人々もほおかむりを続けた。そうして戦争の時代へと歩を進めたのだった。アジアの人々を人とも思わぬ差別と蔑視を反省するどころか温存したからこそ、残虐な侵略戦争や戦争を支えるための朝鮮半島からのさらなる収奪は可能だった。反省なき国と人々が迎えた破局は必然だった。

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