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沖縄戦の記憶(7)
本土と教訓共有を

社会 神奈川新聞  2019年08月22日 05:00

 〈今の日本があるのはあなたたちのおかげです。ありがとうございました〉

 「ひめゆり平和祈念資料館」(沖縄県糸満市)では時折、こうした感想が本土の来館者から寄せられる。「悪意はなく、純粋に感謝の思いを伝えたいのだろうけど…」。館長の普天間朝佳さん(59)はそう解釈するが、心境は複雑だ。


1957年に建立された新しいひめゆりの塔。訪れる人の姿が絶えない=沖縄県糸満市のひめゆり平和祈念資料館
1957年に建立された新しいひめゆりの塔。訪れる人の姿が絶えない=沖縄県糸満市のひめゆり平和祈念資料館

 「学徒たちはそのために死んでいったのではない。『私たちのためにありがとう』と言われた側のやるせない気持ちに、思いが至らないのでしょうか」

 開館30年。資料を展示し、ひたすらに体験を語ってきたのは感謝してほしいからではなかった。沖縄戦の実相を知ってほしい、平和をつなぎたい。その一心だった。

 「だからこそ、元学徒たちはどれほどつらくとも記憶を呼び起こし、語り続けてきたのです。一生懸命に聞いてくれる人がいるからこそ、一生懸命に話してきたのです」

 「戦争は子どもや女性など弱者に犠牲を強いる」。元学徒たちが証言を重ねてきた体験からはこうした事実が浮かび上がり、「世代を超えて非戦の誓いを共有できる」と、普天間さんは考える。そして「沖縄戦からは戦争の本質が見えてくる」とも語る。

 では戦争の本質とは何か。普天間さんは言葉を継ぐ。

 「軍事が全てに優先されること。つまり、軍隊は住民を守らない。沖縄戦の教訓として今も沖縄の人たちの間で語られ続けている」

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沖縄県ひめゆり平和祈念資料館 辺野古

 沖縄では平和教育で沖縄戦や県民の戦争体験をこのように教えている。

 日本軍は本土決戦の準備のための時間稼ぎとして、沖縄戦では米軍の上陸に抵抗せず、地下陣地に立てこもる持久作戦をとった。

 圧倒的な戦力差で追い詰められた日本軍が住民の食料を強奪したり、壕(ごう)から追い出したりする行為が頻発し、壕内で泣く乳児を殺したり、方言を話した住民をスパイ視して殺害したりする事態も相次いだ。住民が捕虜となることを許さず、集団自決(強制集団死)が起きた。10代の若者までもが動員され、男子生徒は急造爆弾を背負い米軍の戦車に突撃する特攻を強いられた。

 かつては「外地」だった沖縄では皇民化教育が徹底され、軍隊と「玉砕」する考えが住民にしみ込む中、その命は実に軽く扱われた。日本軍は住民に対し、ともに生きることは保障しなかったが、ともに死ぬことは強制した。

 普天間さんは改めて、かみ締める。「沖縄戦での軍民合わせて20万人超の犠牲は、国による『軍官民共生共死』の末路でした

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