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この国が忘れた「戦後史」 相模原で江成常夫写真展 

カルチャー 神奈川新聞  2019年08月16日 10:40

 敗戦後、国内に駐留した米兵と恋に落ち、海を渡った日本人女性が多くいた。相模原市に住む写真家、江成常夫が地元で開催中の写真展「花嫁のアメリカ 歳月の風景1978-1998」は、戦後復興や高度成長とは別の「戦後史」を教えてくれる。彼女たちにとって、戦争は1945年8月15日で終わったのではなかった。 

 今から見れば国際結婚にすぎない。だが戦争の傷跡が色濃かった50~60年代、彼女たちは「戦争花嫁」という、侮辱を含意する言葉で呼ばれた。「ねたみ、さげすみの罵詈(ばり)雑言を投げかけられ、家族からも勘当されて故郷を離れたんです」と江成は説く。追い出されるように海を渡った女性は数万に上るといわれる。

 江成が彼女たちを訪ねたのは40年ほど前。1年にわたって米カリフォルニア州に住み、車を駆って100人以上に会った。80年に「花嫁のアメリカ」、さらに20年後に再訪し「花嫁のアメリカ 歳月の風景1978-1998」として2作の写真集にまとめた。

 きっかけは、花嫁として渡米した女性が親戚にいたことだった。彼女の話は、日本人の屈折した感情の縮図だった。「鬼畜米英の教育を植え付けられながら、敗(ま)けて間もなく、家族の担い手として、米軍のもとで働かなければ生きられなかった時代の不条理。その過程で米軍士官と結ばれたが故に投げかけられた、周囲の日本人の揶揄(やゆ)偏見」(「花嫁のアメリカ」あとがき)

 1年間の取材で出会った女性の中には、外国人といるだけで「商売女」と見られ「妹の縁談が流れた」人や、母親から「青い眼(め)の子供なんかいらないよ」と言われた人がいた。「純血にこだわる日本人の差別意識」が顕在化していた。

 差別は海の向こうにもあった。「敵国人」に対する嫌悪感。それに非白人への差別が公然とあった時代ゆえ、黒人と結婚した花嫁は二重三重の人種差別を受けた。暮らしも厳しく、日本で金回りが良くても本国に戻れば軍人は薄給だった。ある女性は「アメリカは決して豊かな国じゃない」と語ったという。20歳前後で渡米した彼女らは孤独感と望郷の念にさいなまれた。

 花嫁が苦難の日々を送った時期は、日本の高度成長期に重なる。「歴史の中で忘れられ、なかったことにされてきた人たち。それが花嫁だと思うんです」と江成は言う。彼女たちにとっては、朝鮮からベトナムへと至る「米国の戦争」の時代でもあり、夫が戦死した例も少なくない。日本が戦後を謳歌(おうか)していたころ、花嫁はまだ戦時下にいた。

 本作は、昭和の十五年戦争を問い続ける写真家の原点だ。江成はこの後、敗戦で満州(現中国東北部)に置き去りにされた孤児や、南洋の孤島で落命した兵士、原爆で失われた日常にレンズを向けていく。

 「権力にさらされ、不条理を強いられた声を持たない人々」を写真で視覚化した一連の作品は、戦争の実相と、戦後もなお負の歴史を等閑視してきたこの国の姿を浮かび上がらせる。


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