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平和の継承 新時代も 戦没者追悼式

社会 神奈川新聞  2019年08月16日 05:00

戦死した父の写真を手に持つ遺族代表の森本浩吉さん=東京・日本武道館
戦死した父の写真を手に持つ遺族代表の森本浩吉さん=東京・日本武道館

 東京・日本武道館で15日に開かれた全国戦没者追悼式には、県内から9~92歳の373人が参列した。式典では、横浜市南区の森本浩吉さん(77)が全国の遺族を代表して追悼の辞を述べたほか、参列した遺族らは、令和の時代も変わらぬ平和の継承を願った。

 最年長の岩瀬栄さん(92)=横須賀市=は17歳の時、当時世界最大の空母だった「信濃」の乗組員として横須賀から呉に向かう途中、米潜水艦に雷撃された。自身は護衛の駆逐艦に救助されたが、同乗していた乗組員の大半は帰らぬ人に。「一緒に食事をしたり、遊んだりした友達が、目の前で沈んでしまった。これは忘れられない」と話す。「令和の時代になっても、戦没した人の慰霊は忘れないでほしい」と託した。

 若い世代の姿もあった。最年少の参列者(9)=横浜市金沢区=は、祖母(76)らと初めて参列。曽祖母らが沖縄で戦死した話を家族から聞き、「亡くなったことも悲しいし、自分のお母さんを亡くしたおばあちゃんもさみしかったと思う」。式典への参列を「緊張した」と語り、大切な思い出になった様子だった。

亡き父へ誓う1枚
遺族代表 横浜の森本さん

 「父の享年の2倍半を超す年齢を迎えましたが、尊崇と追慕の気持ちが変わることはありません」

 全国戦没者追悼式で遺族を代表し、横浜市南区の森本浩吉さん(77)が追悼の辞を述べた。戦死した父親の写真を上着のポケットにしのばせ、平和の誓いを伝え継ぐ決意を込め、犠牲者を悼んだ。

 1944年12月3日、東部ニューギニア(現パプアニューギニア)で父利雄さんを亡くした。30歳だった。森本さんが生まれた翌年に召集を受け、陸軍の衛生隊に配属。遺骨は今も戻らないままだ。

 幼かった森本さんに父の記憶はない。手元に残されているのは、1歳になったばかりの森本さんが利雄さんに抱かれる白黒写真1枚だけ。その裏側には「昭和拾七年十二月二十五日 利雄出征の日に」とある。

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