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高橋秀実「悩む人 -人生相談のフィロソフィー」

カルチャー 神奈川新聞  2019年07月26日 06:00

難しいイメージのある古典作品も「何か知りたい事柄があって読むと、気付くことがあるんです」
難しいイメージのある古典作品も「何か知りたい事柄があって読むと、気付くことがあるんです」

世の中は単純じゃない

 紫式部、ソクラテス、親鸞、ニーチェ…。ノンフィクション作家の高橋秀実(ひでみね)は「悩む人-人生相談のフィロソフィー」(文芸春秋・1836円)で東西の古典をひもときながら人々の「悩み」に向き合い、世の中の複雑さに向き合う。

 読売新聞の人生相談欄と雑誌「文学界」の連載を組み合わせた。掲載時期もテーマも異なる記事ながら、相呼応して一つの思想を導く。引用の幅広さに博学ぶりがにじむが「取材で必要になり、その都度読んだだけで…」と謙遜する。

 「新しいことなんてあまりない。昔の人が既に言っていることを自分が知らないだけだ」と高橋は言う。古典を読む意味がそこにある。例えば、少年時代の思い出ばかり話すようになった父に、ニーチェの「永遠回帰」を重ねる。「そっくりそのままの人生にもどってくる」と。

 科学的な法則で世の中を説明する単線的な思考法になじめない。原点ともいえる経験が、小学生のときの知能テストだ。例題に従い、さいころの裏側の数字を答えなさい。主人公の鶴の気持ちを書きなさい-。

 「例題と本題のさいころが同じかどうかは分からない。鶴の気持ちは鶴にしか分からない」。結果は零点で母を大いに心配させた。だが本書によれば、数学の基礎を築いたパスカルさえ、「繊細な事物にぶつかると途方に暮れてしまう」と人間社会の複雑さを吐露したという。

 高橋が妻に対して実に従順だということが、本書を通して伝わってくる。「自分の意見はだいたい間違っていて、彼女の言うことが合ってるから」。妻は編集者でもあり、高橋の「最初の読者」として、常に的確な助言を投げかける。

 例えば野球の話でゴロと書いたら「誰もがゴロの意味を知っていると思うな」と注意された。思い込みや独り善がりは随所に潜む。「書くのは誰にでもできる。書いた本人が(自分の文を)読む面白さを味わってはならないと思うんです」とは、多くの書き手への箴言(しんげん)だ。

 横浜市中区、市電が走る通り近くに生まれ育った。本書でも「どっちでもいいじゃん」とこだわりのない浜っ子気質を語る。「取材で人の話を聞くたび、そりゃそうだよなと思う」。その柔軟さ、寛容さは取材者の強さに違いない。


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