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連載“猛雨”(4)「居住」 移転支援広がらず、「死んでも」故郷で…

社会 神奈川新聞  2017年09月05日 11:44

5年前の豪雨で被災した地元に戻った市原さん。近くには砂防ダムが整備されたが、不安は尽きない=7月、熊本県阿蘇市
5年前の豪雨で被災した地元に戻った市原さん。近くには砂防ダムが整備されたが、不安は尽きない=7月、熊本県阿蘇市

「全てのスギが山から崩れ落ちてきたようだった。自宅の山側の牛舎が根こそぎにされ、3頭の牛がつながれたまま流されてきた」

 未明に窓を開けると、雨水がゴーゴーと音を立てて斜面を流れ、一緒に転がる砂の音まで聞こえてきた。「せめて車だけでも安全な場所に」。外に出たものの迫ってきた流木に阻まれ、別の牛舎にかけてあったはしごに間一髪で上り、どうにか難を逃れた。

 活火山・阿蘇山の麓、熊本県阿蘇市の福岡地区。農家市原啓吉さん(68)は2012年7月の九州北部豪雨で被災。公民館や旅館で避難生活を送り、仮設住宅に2年暮らした後、迷った末にわが家に戻った。

 流れ込んだ土砂で1階の扉や窓は破れたが、かろうじて柱は残っていた。一時は県外への引っ越しを考えたものの、卒寿を迎えた両親の言葉でリフォームを決断した。「死んでもいいから、家に帰してくれ」

 地区の17世帯のうち、5年前の豪雨で被害を受けたのは8世帯。市原さん以外の被災世帯は「もう住めない」「危険だから」と故郷を離れていった。

 今年7月の九州北部の豪雨で大きな影響を受けることはなかったが、昨年4月の熊本地震で地盤が緩み、亀裂も生じた。「山が崩壊するんじゃないかと怖かった。不安材料はいくつもあるが、もう引っ越すことなんてできない」と本音を打ち明ける市原さんは祈るように言う。「流木や土砂を食い止める対策を進めてもらうしかない」

 いつ発生するか分からない土砂災害のリスクと隣り合わせの暮らし。その危険性を知らしめ、傾斜地などに立つ住まいの移転を促す仕組みはあるが、活用は広がらない。

 「これまで土砂災害が起きたことはないし、危ないと思ったこともない」。阿蘇市黒川地区の60代女性宅は、土砂災害防止法に基づく特別警戒区域(レッドゾーン)に立地。急傾斜地の崩壊や土石流、地滑りなどの恐れがあるとして都道府県が指定する警戒区域(イエローゾーン)の中でも、危険性が著しく高い場所に位置付けられている。

 ゾーン指定がされた場所は、県のウェブサイトや市の防災マップで確認できるが、女性は「自分の家がレッドゾーンかどうかは知らない。転居するつもりもない」と気にかけない。

 熊本県はレッドゾーンの持ち家に住む人に対し、独自の移転支援制度を設けている。安全な場所に転居すれば最高300万円を補助する内容で、県の担当者によると「熊本地震後に相談が増えた」が、15年度の創設以降、これまでの利用は20件ほどにとどまる。

 県内に2万328カ所(今年7月末現在)あるイエローゾーンのうち、レッドゾーンは1万8925カ所と大半を占める。支援制度の対象戸数は概算で2万戸を超えると県はみており、移転促進の道は険しい。

 一方、神奈川県内で指定済みのレッドゾーンは1370カ所と熊本県内の10分の1以下だ。それでも危険性の周知は行き届いておらず、小田原市内のレッドゾーンに住む女性(83)は「50年住んでいて、川の水があふれそうになったのは一度だけ。不安はないし、引っ越しも考えていない」。熊本のような手厚い支援制度は、神奈川にはない。


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