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150年前のロマンの光 ガス灯発祥の地に再び

横浜みなと新聞 神奈川新聞  2017年09月04日 09:59

横浜都市発展記念館に展示されているガス灯。明治時代のガス灯柱から型をとって復元した=横浜市中区
横浜都市発展記念館に展示されているガス灯。明治時代のガス灯柱から型をとって復元した=横浜市中区

 文明開化の象徴とされ、日本で初めて横浜に設置されたガス灯。150年近くたった今、横浜市中区の港エリアから関内駅方面をつなぐ「ガス灯プロムナード」の整備が計画されている。ガス灯は馬車道や山下公園前など3カ所の通りに約120基あり、2019年度には県警本部や横浜税関に面する「海岸通り」にも40基程度を新設する見通しだ。市は「レトロな明かりをたどるように散策し、観光客らに横浜の歴史を感じてほしい」と説明している。

 アイスクリームやビール、電話、鉄道-。わずか100戸余りの半農半漁の村だった横浜が開港場に選ばれると、さまざまな西洋の文化や技術が取り入れられた。市などによると、ガス灯が設置されたのは1872(明治5)年。横浜にガス会社を立ち上げた高島嘉右衛門が、馬車道などに十数基設置した。柱部は英国グラスゴー市から輸入、灯具は日本の職人が製造したとされる。


1875(明治8)年の庶民の様子や風景を伝える歌川広重(三代目)の錦絵「横浜郵便局開業之図」。6基のガス灯が並んでいる(GAS MUSEUM がす資料館提供)
1875(明治8)年の庶民の様子や風景を伝える歌川広重(三代目)の錦絵「横浜郵便局開業之図」。6基のガス灯が並んでいる(GAS MUSEUM がす資料館提供)


 高島は現在市立本町小学校(中区)がある伊勢山下にガス製造工場を建設。ガスは地中に埋設した鉄管を通じて供給された。夕方になると、法被姿で長いさおの先に火をともした点灯夫と呼ばれる職人がガス灯に火を付けた。白い明かりはろうそくに慣れていた市民にとってはまばゆく、「キリシタンの魔法」と例えるほどだったという。

 ガス灯は同年末に300基、2年後に約500基と数を増やしたが、電灯が発明されると激しいシェア競争に。関東大震災の影響もあり、ガス灯は次第に姿を消した。

 その後、昭和に入ってから市や東京ガスがガス灯を再建。1985年、山下公園通りに明治初期当時のモデルをデザインした自動点灯・消灯型が40基整備された。当時市長だった細郷道一氏は「温かい明治の灯は、きっと訪れる人々の心にロマンを感じさせることでしょう。みなと横浜の新しいシンボルになることを期待する」などとコメントしている。

 その他、万国橋通りに18基あり、最多は馬車道通りの40基。山下公園通り、万国橋通りは市の維持管理だが、馬車道通りは地元商店街が年間280万円かけて使っている。同商店街協同組合の六川勝仁理事長は「馬車道にとって歴史があるガス灯の存在は大きい」と意義を語る。


馬車道商店街に設置されているガス灯。日没から午前0時ごろまで歩行者を照らす=横浜市中区
馬車道商店街に設置されているガス灯。日没から午前0時ごろまで歩行者を照らす=横浜市中区


 同商店街などは初めてガス灯が点灯された10月31日に毎年「横浜ガスライトフェスティバル」を開催。ガス灯の実物や点灯の仕組みが分かる装置などを展示している。今年も開催予定だ。

 市は同組合などからの要望を受け、海岸通り(約1500メートル)に設置するための設計費200万円を本年度当初予算に計上。約40基程度を見込む。19年度に整備すれば、L字型で総距離約4キロにわたるガス灯プロムナード(遊歩道)が完成する。市は「観光客でにぎわう山下公園方面だけでなく、新市庁舎移転先となる北仲通地区方面から、関内地区への回遊性も高めていきたい」と説明している。


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