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神奈川新聞と戦争
(95)1933年 “宣伝戦”果敢に展開

神奈川新聞と戦争 神奈川新聞  2019年08月04日 05:00

1933年7月19日の横浜貿易新報に掲載された赤玉ポートワインの懸賞付き広告
1933年7月19日の横浜貿易新報に掲載された赤玉ポートワインの懸賞付き広告

 寿屋(後のサントリー)の宣伝部といえば、奇才を集め、時代を先取りした斬新な広告を世に送り出したことで知られる。1950年代半ば以降は芥川賞作家の開高健、直木賞作家の山口瞳らを擁し「人間らしくやりたいナ」(61年)「トリスを飲んでHawaiiへ行こう!」(同)などの名コピーを残した。

 船を愛し横浜に長く暮らしたイラストレーター、柳原良平も、同時期に籍を置いた一人。愛嬌(あいきょう)あるおじさんのCMキャラクター「アンクルトリス」の生みの親だ。往時の宣伝部は「ある種ののびやかな空気と遊び心にあふれていた」(「日々に新たに-サントリー百年誌」、99年)。

 寿屋の宣伝に対する情熱は、戦前からのものだった。サントリー編「サントリーのすべて」(65年)によると、創業者の鳥井信治郎(1879~1962年)は「はやくから広告の重要性を認識していた」。

 明治末期、まだ洋酒になじみの薄かった日本で赤玉ポートワインを売り出す際にうたった文句は「薬用」「滋養」だった。以後、嗜好(しこう)品として大正中期に広まるまで「血のでるようなながく果敢な“宣伝戦”が展開」(同書)された。

 例えば鳥井は、創業地の大阪で当時しばしばあった火災の際、社員に「出火御見舞」と書かれたちょうちんを持たせ、火事現場に派遣した。彼らには「赤玉ポートワイン」と染め抜いた法被を着せたという。

 22年にはオペラ団の「赤玉楽劇座」を設立し、全国を巡業。8年前に阪急電鉄の創業者、小林一三が旗揚げした宝塚少女歌劇に倣ったもので、オペラの異国情緒を通じて洋酒に興味を持ってもらう趣向だった。

 寿屋は同年、そのプリマドンナ松島栄美子をモデルにしたポスターも製作した。肩を露出しワイングラスを持った、なまめかしい写真は、同書によれば「大きなセンセーションを巻き起こした」。日本初のヌードポスターとされる。

 戦時中、寿屋は本紙の前身である横浜貿易新報に、戦意高揚の広告を頻繁に出した。実はそれも、こうした“宣伝戦”の系譜に位置付けられるのだった。


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