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神奈川新聞と戦争
(98)1940年 嗜好より健康を強調

神奈川新聞と戦争 神奈川新聞  2019年08月11日 05:00

黒地に白抜きで「ぐつすり眠れる」と記したデザインが印象的(1940年10月6日付神奈川県新聞)
黒地に白抜きで「ぐつすり眠れる」と記したデザインが印象的(1940年10月6日付神奈川県新聞)

 寿屋(後のサントリー)は昭和初期、本紙の前身である横浜貿易新報(横貿)に「赤玉ポートワイン」の広告を頻繁に出していた。

 「サントリーのすべて」(サントリー編、1965年)によると、寿屋は、明治末期に同ワインを発売してしばらくの間は「血行をよくし、健康の増進に役立つ」ことを宣伝した。新聞広告では医学博士の名前入りの「有効証明」とともに「薬用」「滋養」といった語句も強調したという。

 同書は「『赤玉ポートワイン』のセールス・ポイントが、『薬用』から、しだいに『美味滋養』すなわち栄養と嗜好(しこう)へとうつされていくのは、大正中期から昭和にかけてのことである」と指摘した。洋酒はいまだ日本人になじみが薄く、嗜好品としてでなく、まずは体に良いことを売りにしなければならなかった。

 これまで説明したように創業者の鳥井信治郎の卓越した広告作戦や、大衆消費社会の進展が相まって、ワインはようやく嗜好品となりつつあった。横貿にも懸賞付き広告が大々的に載り、洋酒を気軽に飲む文化が浸透していた。

 だが、38年の国家総動員法を経て、40年に大政翼賛会の発足など国民勢力を結集させた「新体制運動」が始まると、赤玉ポートワインの広告は様相が一変する。疲労回復や睡眠の補助など、ワイン草創期を思わせるような医学的な効用が再びうたわれたのだ。

 40年12月14日付神奈川県新聞(本紙の前身)に掲載された広告には「眠りが浅いと前日の疲れはすつかり取れぬし元気が出ません」「健康増進、体力増強の為(ため)に御愛飲下さい」とある。来るべき戦争に備え、国民の健康を維持する-。そうも読み取れる。


「疲れ易い人に」「眠りの浅い人に」と健康への効用を訴えた(1940年12月14日付神奈川県新聞)
「疲れ易い人に」「眠りの浅い人に」と健康への効用を訴えた(1940年12月14日付神奈川県新聞)

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