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探してます!昔の海図 関東大震災で焼失のため海保

社会 神奈川新聞  2017年09月02日 12:24

1874年に刊行された海図「武蔵国横浜湾」。拡大部は「象の鼻」とその周辺(海上保安庁提供)
1874年に刊行された海図「武蔵国横浜湾」。拡大部は「象の鼻」とその周辺(海上保安庁提供)

 海上保安庁は、明治期から大正期ごろにかけての古い海図の提供を呼び掛けている。関東大震災で全国の海図の原版と目録を焼失し、今も多くの海図が失われたままになっているためだ。歴史的史料として貴重なため、心当たりがある人からの連絡を求めている。

 海図とは、船舶の安全な航海に必要となる水路の状況を文字や記号などで表現した海の地図。1871(明治4)年に当時の兵部省海軍部が英国の海図の様式を用いて測量を始め、翌年には第1号となる海図「釜石港」(岩手県釜石市)を刊行した。

 73年には「東京海湾」、74年に「武蔵国横浜湾」(横浜港)と、主要港を中心に全国各地で海図の刊行が進んだ。当時は重りを付けたロープを沈めて水深を測り、天体から場所を割り出す六分儀などを使って測量した。「海岸の地形や水深、浅瀬の位置など、今と比べても劣ることがない精度で記載されていた」と担当者は目を見張る。

 1923年の関東大震災で拠点にしていた東京・築地の海軍兵学寮が炎に包まれ、海図の原版の大半、約2300版を焼失。海図を交換していた外国の海軍などから寄贈を受けたものの、震災で当時の目録も焼けたため、何種類の海図を刊行したのかといった全容も分からなくなった。

 古い海図の収集と電子化による保存公開を行っている海上保安庁海洋情報部が昨年9月に情報を募ったところ、今年1月になって愛知県の男性が東京湾から和歌山・串本にかけての海域をカバーする海図を提供した。

 担当者は「古い海図は海岸線や港湾施設の変遷が分かることから意義深い。特に戦前に刊行された海図の情報があれば寄せてほしい」と話している。問い合わせは、同部企画課電話03(3595)3620。 


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