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体罰の呪縛
部活指導者の「殺すぞ」 恐怖心と痛み、暴力はなぜ

社会 神奈川新聞  2019年07月13日 10:00

 生徒や学生がスポーツを楽しむ場所であるはずの部活動を舞台にした「体罰」が、後を絶たない。なぜ、指導者による暴力行為はなくならないのか。求められる部員と指導者の関係、部活動としてあるべき姿を考えた。(清水 嘉寛)

刻まれた痛み、恐怖心

 17歳の元高校球児、飯田良二さん=仮名=は、寒風吹きすさぶグラウンドで練習に打ち込もうとする度、あの時の恐怖心と痛みが胸に去来する。

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 「痛めつけられた時の感覚、感情はきっと一生忘れない」

 高校1年の冬だった。部員全員で輪になってバットを振り込んでいると、ゴツンと背中に衝撃を受けた。足元に硬球が転がる。振り返ると鬼の形相の指導者がいた。


打撃練習に汗を流すBBCスカイホークスの選手たち。指導者による体罰を受けた彼らへの取材から実態が浮き彫りとなった
打撃練習に汗を流すBBCスカイホークスの選手たち。指導者による体罰を受けた彼らへの取材から実態が浮き彫りとなった

 予兆は数カ月前からあった。甲子園への切符を懸けた夏の大会直前。練習の緊張感が高まる中、指導者からの「当たり」が強くなった。練習から外され、罵声を浴びせられた。心当たりがなく、反応に戸惑うと、指導者がさらにいら立った。「文句があるなら言ってみろ」。拳で打ちのめされた。

 「一緒に甲子園を目指そう」。中学3年の夏、進路を決めあぐねていた飯田さんに甘い言葉をささやいたのも、この指導者だった。当時通っていた野球クラブの監督が、高校野球部の指導者に転身するのを機にスカウトされた。言葉遣いは荒かったが、週末は選手たちを自宅に泊めるなど面倒見も良く、熱心な指導は保護者から信頼を集めていた。

 そして高校進学。憧れの甲子園出場を目標に、大好きな野球に浸るはずだったグラウンドで、この指導者から屈辱と苦痛を味わわされた。

 「好きな野球を諦めたくない」。練習を外され、ボールを投げつけられても、沈む心を奮い立たせ、グラウンドに足を運び続けた。だが、1年目の年が明けたころ、限界を超えた。指導者から決定的な言葉を浴びせられた。

 「殺すぞ」


指導者により投げ掛けられた心ない暴言。選手たちは異口同音に「忘れない」と話した
指導者により投げ掛けられた心ない暴言。選手たちは異口同音に「忘れない」と話した

 その日は必死に練習に食らいついた。寮の部屋に戻ると、張り詰めていた糸がぷつんと切れた。気付けばスマートフォンを手に、涙ながらに母に電話を掛けていた。

 「俺、このままじゃ死んじゃうかも」

 1年時から背番号を授かっていた有望株は、在籍1年を待たずに退部、そして退学した。「いくら考えても殴られた理由は分かりません」。胸に焼き付いたわだかまり、そして怒りは、これからも消えることはないだろう。

部活動に巣くう暴力

 スポーツ記者として、部活動の取材を続けて6年目。指導者との雑談の中で何度か打ち明けられたことがある。

 「あの監督、相変わらず『コレ』、やっているみたいだね」。苦笑い混じりに拳をつくるしぐさで表現した「コレ」とは、他ならぬ体罰だ。暗に意味する動作だけで通じるほど、部活動の現場では常態化していると言える。


チームには体罰の被害に遭った元高校球児らが集まり、支え合っている
チームには体罰の被害に遭った元高校球児らが集まり、支え合っている

 飯田さんがいま汗を流す大和スタジアム(大和市)では、1度は野球を諦めた選手たちが笑顔でグラウンドを駆ける。彼らが所属する硬式野球クラブ「BBCスカイホークス」は、部活動の環境などになじめず、高校を退学した選手たちを全国から受け入れている。プロ野球ヤクルトで活躍した副島孔太氏(45)を監督に据え、高校生世代を中心に30人ほどが勉強と練習に再び励みながら、大学進学や独立リーグ入りなどを目指す。

 体罰の経験を語ってもらおうとチームを訪ねると、次々と名乗りを上げてくれた。「学校名を書いてください」と申し出る選手もいたほどだった。

 中には指導者から「やれ」という指示が飛び、下級生への暴力を強要された選手もいた。絶対的な立場からの部員に対する暴力行為の扇動は、日大アメリカンフットボール部の悪質な反則タックル問題を彷彿させる。

指導者の絶対的支配

 大人の暴力による恐怖は、10代の多感な心を時に洗脳する。「体罰はあり」と考える選手もいる。

 首都圏の公立高校に通った佐藤裕也さん(17)=仮名=もその一人。「体罰のおかげでエラーをしない自信が付いた」と言い切る。

 体罰を受け入れる価値観が染みついたのは中学時代だった。野球部顧問の姿勢は「恐怖心が野球を上達させる」と体罰を肯定するもの。ミスをして怒鳴られ、平手打ちを食らえば、おのずと怒られないための方法を考えるようになる。そんな理屈だった。

 それでも、高校では悪しき伝統が受け継がれた野球部を生き残れなかった。3年生は「神様」、2年生は「人間」、1年生は「ごみ」。理不尽な序列だったが、当時は「チームの統率力を高めるため」と飲み込んだ。そして、「事件」は起きた。


体罰による支配は時に選手たちの心までも洗脳してしまう
体罰による支配は時に選手たちの心までも洗脳してしまう

 ある3年生が1年生部員に暴力をふるったことが発覚した。1年生にとって3年生は「神様」。その1年生は監督に「誰にやられた」と問われ、2年生だった佐藤さんの名前を告げた。ぬれぎぬだったが、監督は聞く耳を持たない。会議室に呼び出され、パイプ椅子で頭を殴られ、出血した頭をつかまれ、壁に押しつけられた。その後も暴力は続いた。2年生の夏に野球部を退部し、退学した。

 野球だけでなく、学業の遮断という人生をも狂わせる体験を経てもなお、深くこびりついた価値観は変わらない。「もし過去に戻っても同じ中学で野球部に入りたい。体罰がなくても弱小校には行きたくない。高校はどうせ体罰があるのなら、もっと強いチームでプレーしたい」

「ネグレクト」という暴力

 負の連鎖を生む体罰は、目に見える〝暴力〟だけではない。

 都内に住む伊藤翔平さん(17)=仮名=は東海地方の私立高校に進学し、学年のキャプテンに選ばれるほど、まとめ役として人望が厚かった。

 前途洋々に思えたが、待ち受けたのは先輩たちによる度重なるいじめだった。入部1週目、野球部寮の洗濯場で殴られたのを皮切りに、1カ月後には「これを食え」と雑草を口にねじ込まれた。秋には大切にしていたグラブのひもを切り裂かれ、寮の外に投げ捨てられた。

 「こちらで治めます。今回は目をつむって下さい」。指導者は父に懇願したが、実際は「無関心」を貫くだけ。2つ目のグラブも同様の被害に遭った。管理の仕方に問題があると、伊藤さんの責任にされた。

 部内ではびこっていた窃盗にも、週に1度のペースで被害に遭った。財布をしまったスーツケースは開口部を施錠し、ベッドの脚にカギでくくった。それでも現金が抜き取られた。学校側が下した結論はまたも「管理の仕方が悪い」だった。

 指導者の「無関心」はさらに伊藤さんを追い込んだ。学年のキャプテンであることを理由に、本来は指導者が担うべき、退部を望む部員の説得を強いられた。2年生のとき、同学年の退部が2人目となり、その責任を背負い込んだ。それまで泣き言さえこぼさなかったが、涙を流しながら父に電話を掛け、受話器越しに悔しさを吐露した。


BBCスカイホークスに入団し、2年目を迎える伊藤さん(右)。チームに溶け込み、白球を追う楽しさに浸っている
BBCスカイホークスに入団し、2年目を迎える伊藤さん(右)。チームに溶け込み、白球を追う楽しさに浸っている

 心に刻まれた傷は容易に癒えることはない。いつものようにグラウンドに立ったある日、過呼吸を起こし倒れた。案じた父が寮から連れだし、仕事を休んで学校近くのホテルに息子と宿泊しながら、「部活に戻らなきゃ」と焦る我が子の思いを受け止めた。

 1カ月がたち、容体が安定し始めた頃だった。寮官を務める教諭に寮に戻ることを告げると「わかりました」。ただ、到着すると入り口は施錠されたまま。寮官もいなかった。「もうこんなところには任せられない」。怒りに肩を震わせる父と自宅に戻り、退部、退学を申し出た。

忘れられた「原点」

 甲子園の舞台に憧れたから、白球を力いっぱい投げ、バットで打ち抜く楽しさに浸りたいから―。BBCスカイホークスに所属する選手たちの純粋な思いは絶対的存在の指導者による暴力にゆがめられ、1度はグラウンドから引き離された。それでもなお、彼らが全国から大和スタジアムに集ったのは「野球が好き」という思いの強さゆえだ。

 昨年6月、伊藤さんは挫折感を抱えたまま、大和スタジアムにたどり着いた。人前に立つと発作的に起きる過呼吸は続き、電車にも乗れず、親に送迎してもらった。

 初めて体験入部に訪れた日も、スタジアムに隣接する駐車場で過呼吸を起こした。歩いてはまた座り込む繰り返し。しかし、「また野球をしたい」という思い一つで立ち上がり、グラウンドまで徒歩数分の通路を1時間ほど掛けてたどり着いた。待っていてくれたのは、同じ境遇に遭った仲間たち。練習方法を手取り足取り教えてくれる。手招きして輪の中に入れてくれる。和やかな雰囲気で迎え入れられ、次第に笑顔を取り戻していった。

 6月18日、平日の昼下がり、閑散とした大和スタジアム。甲子園を目指した夏の戦いを思い起こす暑さのなか、練習試合に「6番・指名打者」で先発した伊藤さんが打席に立った。都内から駆けつけた両親がスタンドから熱い視線を注ぐ。誰もが試合に出られるようにという考えのもと、途中で代打を告げられた。

 かつては中学、高校と息子が実力を伸ばすほどに「次の打席こそヒット、その次も…」と強い期待を前面に、手に汗握っていた。その価値観は今、がらりと変わった。

 「プレーボールからゲームセットまで、2時間待って息子の出番はこの1打席。でも今はこれで十分」「汚れたユニホームをごしごしと洗える。それが幸せ。あの頃からは考えられないよね」。日常のありふれた光景にこそ幸せがあることを、両親は改めて実感した。

 結果は、見逃しの三振―。打席で天を仰ぐ我が子を見詰め、感慨深げに母が言い、父が深くうなずいた。

 「あの子が野球を始めた頃、こんな感じだったよね」

 楽しむというスポーツの原点が、そこにあった。



連載「体罰の呪縛」
 この記事は神奈川新聞とYahoo!ニュースによる連携企画です。部活動を舞台にした体罰の実相に迫ります。


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