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明治維新150年に合わせ
「滄浪閣」など大磯旧邸群一体整備へ 国、県、町検討

話題 神奈川新聞  2017年08月30日 02:00

大磯邸園の中心となる滄浪閣(旧伊藤博文邸)=大磯町西小磯
大磯邸園の中心となる滄浪閣(旧伊藤博文邸)=大磯町西小磯

 かつて「政界の奥座敷」と呼ばれた大磯町で、初代首相・伊藤博文の旧邸宅をはじめ、近隣の旧大隈重信邸、旧陸奥宗光邸などを「明治記念大磯邸園」(仮称)として一体的に整備・活用する構想が動きだしたことが29日、分かった。2018年の「明治維新150年」に合わせて立憲政治の確立に貢献した先人の歴史遺産を次世代に受け継ごうと、政府が県や町と連携して検討に着手。国土交通省は18年度予算概算要求に関係経費を盛り込んだ。

 大磯邸園は、旧伊藤邸の「滄浪閣」を中心に、初の政党内閣を立ち上げた大隈と外相や神奈川県知事を務めた陸奥の別荘、三井財閥指導者で大蔵相などを歴任した池田成彬が建てた邸宅、海岸へと広がる松林などを含む計約6万平方メートル。建物はいずれも明治以降に使われた歴史的建造物で、現在は企業が所有するが、当時の面影を色濃く残している。

 滄浪閣は1897(明治30)年に本邸となり、日本間と英国調の洋間などが特徴。関東大震災で倒壊したが旧材を利用して復元され、戦後はホテルとして使われた。同年築の大隈邸は、大広間「富士の間」や神代杉を使った書斎などが往時をしのばせる。94(同27)年に建てられた数寄屋造りの陸奥邸は震災後に原形を残して改築され、大隈邸とともに企業が「迎賓館」として活用している。池田邸は、公家出身の首相・西園寺公望邸跡地を1917(大正6)年に取得して建てた2階建て洋館だ。

 同地域について、政府の有識者検討会は6月にまとめた報告書で、「立憲政治の確立に重要な役割を果たした先人の建物が歩いて移動できる範囲に残されていることは希有(けう)で、他に例がない」と指摘。商業化や開発の波を受けた劣化、消失を懸念して早急な保存の必要性を強調した上で、「人物の歴史的資料を活用した建物群の特色ある展示」に期待を寄せた。政府も同報告を踏まえた整備・活用に向けて県や町と役割分担の検討を始めており、年内にも調査や用地買収などに向けた方向性を打ち出すという。

 明治以降に政財界の重鎮が構えた別荘が数多く現存する大磯町は、観光資源として「邸園文化」をPRしている。同地域の西約1キロには4月に再建した旧吉田茂邸が集客効果を高めており、関係者は「横浜、鎌倉、箱根に次ぐ『第4の観光地』の実現に向けた起爆剤にしていきたい」と意欲を示している。


大磯町旧邸群
大磯町旧邸群

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