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苦難と復旧「天地返し」 300年前の富士山火山灰、秦野

減災 神奈川新聞  2019年06月30日 11:53

大規模な「天地返し」の跡が見つかった横野山王原遺跡。掘られた溝が無数に延びている=秦野市横野
大規模な「天地返し」の跡が見つかった横野山王原遺跡。掘られた溝が無数に延びている=秦野市横野

 富士山で江戸時代中期の1707(宝永4)年に発生した「宝永噴火」では、神奈川や東京などに大量の火山灰が降り積もった。当時の影響の大きさを知る手がかりは、300年余りを経た今も大地に刻まれている。新東名高速道路の建設に伴い発掘調査が進む秦野市の横野山王原遺跡では、地表を覆った火山灰と下層の耕作土を入れ替える「天地返し」の大規模な跡が見つかり、注目されている。

 「耕作地が広がっていたこの一帯に堆積した宝永の火山灰は1尺4、5寸(約45センチ)。おそらくひざ上ぐらいまで、畑一面に積もったようだ」

 25日、学校関係者や研究者、ガイドらがメンバーの神奈川地学会が企画した見学会。横野山王原遺跡を調査する「かながわ考古学財団」の畠中俊明さんが発掘の成果を解説した。

 小田急線渋沢駅から北に約3キロ、丹沢山地の裾野にある同遺跡は、新東名高速のサービスエリア予定地。発掘は2014年10月に始まり、約5万平方メートルに及ぶ調査区域のほぼ全域から天地返しの跡が発見された。降り積もった火山灰を地中に埋めるため、地面を深く掘り抜いた溝の列が無数に走る。溝の大きさは一定ではないが、幅は30~50センチ、深さは80センチほどのものがある。

 畠中さんは言う。「火山灰を川に廃棄すると氾濫につながりかねないということを、この辺りの人々は知っていたのだろう。近くの川や沢に捨てることなく、次の作付けに間に合わせようと、大々的に天地返しに取り組んだようだ」

 天地返しの跡はこれまでも、秦野市やその周辺で行われた発掘調査で数多く見つかっているが、横野山王原遺跡が最大規模という。神奈川地学会の一寸木肇会長は「これまでに見たことがある天地返しとは規模が違う。まさに先人の知恵と努力。防災だけでなく、災害後の後始末も大切だということがよく分かる」と熱心に見入っていた。

 1707年12月16日に始まった宝永噴火は、消長を繰り返しながら16日間継続。火山灰などの総噴出量は約17億立方メートルに上ったと分析されている。


黒っぽい色をした火山灰の断面が食い違っている場所は、地震による地滑りの跡
黒っぽい色をした火山灰の断面が食い違っている場所は、地震による地滑りの跡

 「砂降り」と呼ばれた降灰の状況は、当時の日記などに記録されている。噴出物の多くが偏西風に流され、静岡北東部から神奈川、東京、さらに100キロ以上離れた房総半島にも及んだ。

 富士山に近い地域ほど堆積が厚く、3メートルを超えた須走村(現静岡県小山町)や80~90センチの降灰があった皆瀬川村(現山北町)では家々が倒壊。数センチの降灰でも、植えたばかりの麦が生育不能となったほか、山間部では薪や炭の確保ができなくなり、交通路も遮断されたという。横浜や鎌倉、茅ケ崎などで16センチ、川崎や横須賀は8センチほど積もったとの推計がある。

 大量の火山灰が流入した酒匂川では、河床が上昇。翌年の08(宝永5)年や11(正徳元)年の大雨で堤が決壊するなど水害や土砂災害が相次いだ。

 また、宝永噴火の当時は、深刻な災害が続発する苦難の時代だった。噴火の49日前に南海トラフで最大級の「宝永地震」が発生。4年前の03(元禄16)年には、相模トラフで「元禄関東地震」が起きていた。横野山王原遺跡にある天地返しの痕跡では、宝永以降の地震によると考えられる地滑りの跡も見られる。

降灰 現代の影響は政府対策検討

 300年余り沈黙を続ける富士山が宝永のような大規模噴火を起こしたら、どんな被害が生じるのか-。高度にネットワーク化された現代の社会に広域的な降灰が与える影響とその対策を探るため、政府が検討を急いでいる。

 2018年9月に設置された「大規模噴火時の広域降灰対策検討ワーキンググループ」(主査・藤井敏嗣東大名誉教授)によると、宝永噴火で噴出した火山灰などの総量(17億立方メートル)は、東日本大震災の災害廃棄物(4600万立方メートル)の35倍以上だ。降灰で予想される影響は、交通、ライフライン、建築物・設備など多岐にわたる。

 車は視界不良による速度低下のほか、数センチでスリップが起き、10センチ以上で走行不能となる。鉄道もポイントの動作不良や信号障害などが起きるとされる。航空機は滑走路の閉鎖による運航への影響に加え、火山灰を巻き込むことによるエンジンの停止や計器類の故障が見込まれる。

 ライフラインのダメージも深刻だ。停電や発電量の低下、送配電網の切断、水の濁りや詰まりなどによる上下水道の被害や影響、家屋の損壊や埋没、通信機器や家電、空調設備の不調も懸念されている。目や鼻、気管支、皮膚などへの健康被害のリスクも高い。

 ワーキンググループは今後、降灰のシナリオを踏まえた上で、各分野で生じる被害の様相や灰の除去などの応急対策に関して具体的に検討する予定だ。

自助のヒント 噴火警戒レベル
 火山活動の状況に応じて、警戒が必要な範囲と、自治体や住民らが取るべき対応をレベル1~5の5段階に区分して気象庁が発表する。5月現在で全国45の活火山で運用されている。箱根山では2009年3月に始まり、15年のレベル3がこれまでで最も高い。噴火の経験を踏まえ、17年に定められた判定基準によると、レベル2から1への引き下げは、地震活動が活発化前の状態に戻り、地殻変動のデータがほぼ停滞することが必要。地震は1カ月で10回程度以下が目安とされている。


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