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語り継ぐ関東大震災
未曽有に学ぶ〈58〉伝承へ「鎌倉震災志」

社会 神奈川新聞  2017年08月22日 09:29

鎌倉同人会の講座で「新編」をまとめた背景などについて語る浪川さん =7月、鎌倉生涯学習センター
鎌倉同人会の講座で「新編」をまとめた背景などについて語る浪川さん =7月、鎌倉生涯学習センター

 「記憶」にはもう頼れない。「記録」にこそ、学ぶべき教訓がある-。死者・行方不明者10万5千余りという未曽有の災禍となった1923(大正12)年9月1日の関東大震災。間もなく発生から94年となるが、その象徴とも言える複合的な被害様相を呈した鎌倉で今夏、一つの試みが実を結んだ。震災7年後に当時の鎌倉町役場が発行した「鎌倉震災誌」の現代語訳。地元に残る数々の証言記録も掘り起こした鎌倉市職員有志らの取り組みには、6年後に迫った震災100年、さらにその先を見据えた継承への思いがこもる。

不用意


 〈大正十二年九月一日の大震災は、思い出すだに慄然(りつぜん)とする大惨事にて、若(も)し其(その)物語を書き残して、後代に裨補(ひほ)するものがないならば、寧(むし)ろ一時も早く忘れ去らんこそ、我等(われら)の希望である。(中略)然(しか)れば則(すなわ)ち大正十二年のかの不幸なる経験を、今日尚(なお)記憶の新たなる間に精細に叙述し置きて、一は後世の油断を警(いまし)め、一は斯(かく)種の災厄に当りて如何(いか)に処置すべきかの指針を示すは、正に我等の義務でなければならぬ〉

 今年7月末に発刊された「新編 鎌倉震災志」の冒頭に記された原典の「鎌倉震災誌」の「序」。書き下しを旨とした新編の中で唯一、原文がほぼそのまま載っているのは、編集に当たった先達の、震災を決して忘れてはならないという決意を如実に示した一節だからだ。

 「序」は続く。

 〈大正十二年の大震災は、世人が全く震災なるものを忘れたる際に突如として襲来した。従って予(あらかじ)め其災害を防ぐの施設の存せざりしは云(い)うまでもなく、災後の処理に就(つい)ても亦(また)甚(はなは)だ混雑を極めた。震災の損害が、此(この)事前事後の不用意に依(よ)り加重せられた事は疑いない。之(これ)は後世子孫の深く警むべき教訓である〉

 あたかも、原発事故も相まって同じように未曽有と形容された東日本大震災後に語られた言葉と同じような問題意識。長い時を経て教訓を見つめ直そうと動いたのは、鎌倉市の現役やOBの職員グループ「NAMAZUの会」だ。中心メンバーの市文化財課学芸員、浪川幹夫は言う。「鎌倉震災誌は被害や復興の状況を詳しく載せた貴重な資料だが、とても読みにくい。平易な表現に改め、当時の地名もできる限り場所が特定できるようにした」

新知見



 2004年に結成された同会が原典の書き下しに取り組んだのは、今回が初めてではない。最初の成果として08年に「新版 鎌倉震災誌」をまとめたが、このときは数十冊印刷した程度で、市内の図書館などで閲覧ができるのみだった。

 その存在をあらためて知らしめるべきとの声が高まったのは、東日本大震災の後。関東大震災前の1915(大正4)年に設立された社会貢献団体「鎌倉同人会」の後押しもあり、「新版」をただ再録するのではなく、新たな視点や知見を加え、内容の充実を図った。

 例えば、被害の状況。原典や新版と同様に鎌倉町内の被害概要と地区別の一覧を載せたが、新編ではこれに加え、家屋の戸数に対する全壊戸数の割合(全壊率)を算出し、地区別の比較を試みている。

 全壊率が最も高かったのは、戸数432戸に対し全壊が229戸に達した雪ノ下の53・0%。これとは別に半壊が127戸計上されており、完全につぶれた住まいが過半を占めていたことになる。

 坂ノ下の44・6%がこれに次いで高く、材木座は41・2%、大町で37・2%、扇ガ谷は36・5%。これらの地区は、総戸数4183戸に対して全壊戸数が1455戸に上った町内全体の全壊率(34・8%)を上回っていた。新編では、こうした被害実態について「平地の被害が大きく、被害が少ないのは十二所、二階堂、西御門と山に近いほど少ないようだ」と考察している。

 鎌倉町内の死者は412人を数えた。激震による家屋の倒壊が相次いだだけでなく、小町周辺の旅館などを焼いた大火は鎌倉停車場のすぐそばまで迫り、長谷の一帯も焦土と化した。山崩れや崖崩れ、落橋も多発し、材木座や由比ガ浜、坂ノ下などの海岸一帯は津波に襲われた。

 津波は2度襲来し、2度目の方が大きかった。激しい揺れの後、海水が急激に引き、沖合から大波が押し寄せたという。

「除災」


 新編では新たな試みとして、津波に遭遇した人や激震の中を生き延びた人の手記や回想に章を立てた。それらに価値を見いだし、内容に目を凝らし続けたNAMAZUの会メンバーで鎌倉市中央図書館近代史資料室の平田恵美はかみしめる。

 「著名人から市井の人まで、本当に多くの人が震災のことを書き記している。それだけ大きな衝撃を与えた出来事だったのだろう」

 〈突然、ズシンと大きく動いた。そしてぐらぐらっとした時、目が眩(くら)んで、体がよろめいた。声が出ない。物凄(ものすご)い揺れは、上下左右などというものではなく、目茶苦茶に続いた〉
 
 〈私は転倒しなかったが、遅れて出た女たちは投げ出されたように地面に転がった。目の前の山の崖が崩れ落ち、近くに見えていた人家が埃(ほこり)を上げてマッチ箱のように他愛なく倒れるのが見えた〉

 その瞬間の描写はどれも生々しく、津波に関してもさまざまな形容でその恐ろしさが表現されていた。

 〈ゴーッという凄まじい地鳴りに後ろを振り返ると、家々が津波でバラバラに破壊され瓦礫(がれき)の山となってすぐそこまでワアッと押し寄せている。この世の終りのような光景だった〉

 〈振り返ると海水が遠方に完全に引き、むき出しの海底が見えた。そして波が唸(うな)り声を上げながら容赦なくすべてを巻き込み轟音(ごうおん)と共に引き返してきた。それはまさに残酷極まりない生き物のように思われた〉

 これらの警句をいずれ再来する巨大地震に生かせるかどうか。新編で引用した原典の「序」はこう結ばれている。

 〈後代本書を繙(ひもと)く者此記録に依って除災の福を享(う)けんこと我等の切なる祈願である〉
 =敬称略
 




 「新編 鎌倉震災志」は冬花社刊。税別1800円。鎌倉市内の書店などで販売中。問い合わせは、同社電話0467(23)9973。


「新編 鎌倉震災志」には、鎌倉を襲った地震の年表や江戸時代の地震に関する記述もある
「新編 鎌倉震災志」には、鎌倉を襲った地震の年表や江戸時代の地震に関する記述もある

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