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時代の正体 登戸事件・練馬事件考
「引きこもり」報道の波紋(下)「生きて」届く社会に

時代の正体 神奈川新聞  2019年06月21日 11:21

 【記者の視点 川崎総局 桐生勇】「お前の家族が同じような目に遭う状況を想像させてやろうか」-。

 川崎の児童殺傷事件後、「死にたければ1人で死ね」との論調に異を唱えた社会福祉士の藤田孝典さんには、脅迫まがいのメールや手紙が多数届いた。

 犯人に向けて「1人で死ね」という怒りをぶつける感情は分かる、と藤田さんは言う。


藤田孝典さん
藤田孝典さん

 だが「1人で死ね」という誰かの死を望むような言葉が会員制交流サイト(SNS)などインターネット上で拡散し、一人歩きすることで、事態がより悪化することを藤田さんはこれまでの経験で知っていた。

 数年前、生活保護受給者へのバッシングが社会に吹き荒れた時だった。「あのバッシングの中で生活保護受給者が何人も自殺しました」。藤田さんが関係していた30代の男性も自ら命を絶った。

 今回もまた、孤立感を深めている人が「やはり、社会は何もしてくれない」と追い詰められることを危惧する。

 「誰かを袋だたきにしても、社会はよくならない。直線的な怒りを吐き出し、留飲を下げる。とがった言葉は社会を分断させるだけで危険だと思っています」

 自身に向けられた激しい批判。背筋が凍るような体験だったと振り返った。

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 「練馬の事件は止められました」。藤田さんは言った。

 「1人で死ね」という言葉が責任感の強い元農林水産事務次官を追い詰めたと思うからだ。「SNSなどは極論が集まる傾向にある場所ですが、極論は一人歩きする。だから、命を大事に、生きてという当たり前のことをあえて発信しなくてはならなかった」

 藤田さんは、テレビのコメンテーターなどには想像力を働かせてほしかったとの思いがある。家族会や当事者の会なども今は数多くある。「ですが、そういう場に行ってみてはどうかといったコメントは、残念ながらありませんでした」。新聞というメディアに身を置く私も、厳しく問われている気がした。

 藤田さんは、元事務次官の行動を肯定する言説が出たことにも深い憂慮を覚えたと話す。

 家庭内暴力のあるような引きこもりは殺してもいい、父であり、官僚機構のトップまで務めた人間がそう判断したのなら仕方がない-。そうした考えは優生思想につながりかねない。相模原市の殺傷事件で障害者に向いたおぞましい考えが、引きこもりの人に向けられる。一種の線引き、分断である。

 「ヘイトスピーチもそうです。自分と違う他者への寛容性が、この社会からなくなってきているように思います。一歩間違えば虐殺事件も起こりかねない」

 相手への想像力を欠き、冷たく分断された社会。「自己責任」論が大手を振る風潮の中、家族の孤立がより深まっていく。

 「この30年間、地域のコミュニティーは急速に劣化しました。川崎の住宅街もそうでしょう。誰かとひもづいた生き方がない」

 非正規雇用は4割に達し、経済状況もよくない。にもかかわらず、それを支える政策も乏しい。

 貧困の問題に長く関わってきた藤田さんは指摘する。「考えてほしいのは、誰もがいつでも加害者に転じ得るということです。いつ、自分の家族で社会と適応するのが困難な人が出てきてもおかしくない。今の社会は、何でも自己責任ですから、家族のことは家族でと問題を抱え込んでしまう」

 二つの事件で、藤田さんが強く感じたのは「一つの価値観に縛られ、つらい思いを抱えていたのではないか」ということだ。「引きこもりは悪い」「男は働いて世帯をなすもの」「家族のことは家族で解決する」…。

 現実はすでにそうした価値観、規範とは合致しない。両事件の背景には、80代、70代の親が、50代、40代の子の生活を支えて行き詰まる「8050、7040問題」がある。今年3月末、内閣府は40~64歳の「引きこもり中高年者」は推計で約61万3千人に上ると公表。厚労省も「新しい社会問題だ」と言及した。

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