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酒と涙と男と天ぷら(25)
柔道一直線 格闘家の血と骨

話題 神奈川新聞  2019年06月28日 02:17

 すごくショックなこと聞いちゃいました。船酔いに強い人は三半規管がニブイんだって。三半規管がニブイい人ってのは運動神経が悪いって科学的な根拠のある話なんだって… 知ってました? 私って、一度も船に酔ったことないんです。そういえば子供のころ、足が遅くて運動会の駆けっこではいつも後ろの方をドタドタ走ってました。そんな私が中学に入学した途端に柔道部に入部しちまったんです。

 実はウチの一族には、格闘家の血がウチからちょっと歩いたところに流れているんです。ウチに五十年以上勤めてくれたお運びのトシちゃんのお姉さんの娘さんが力道山のお嫁さんになったってくらいですから。それだけじゃありませんぜ。祖父は柔道四段、講道館や警察で柔道を教えていたくらい強かったんです。


講道館の柔道師範代で近衛騎兵だった祖父の源三氏。肋骨の件は、ナイショです
講道館の柔道師範代で近衛騎兵だった祖父の源三氏。肋骨の件は、ナイショです

 その影響で父も柔道を始め、中学の対抗試合でキレイにともえ投げで投げられ、その時のフォームを絶賛された投げられ名人でした。そんな二人の期待にこたえて中学に入ると柔道を始めることは一族としての重い宿命でした。その宿命が自分に向いてないと気づいて二人にナイショで柔道部を辞めたのは、わずか一カ月後のことでした。

 それから十八年後、酒と夜遊びでボロボロの体の中に再び一族の血が騒ぎ始めたのです。三十歳にして英(はなぶさ)町の英道場へ通うことになりました。仕事の都合で一般の練習が終わるころに行き、一時間ほど英先生にケイコをつけていただきました。その門下生の中の一人が今や女子プロレス最強のスター、神取忍さんでした。そのころ、彼女はまだ十代でしたが女子柔道の国際大会で銅メダルを取ったばかりで、次の大会では金メダルの期待がかかっていました。彼女のライバルは当時の世界チャンピオン、北欧のイングリッド・ベルグマンズ選手でした。神取さんは打倒ベルグマンズを胸に秘め、毎日のように道場でケイコに励んでいました。

 その日はたまたまヒトも少なく、彼女の練習相手も見つからないようでした。先生が私に言いました。「君は体が大きくて力が強いから仮想ベルグマンズやれ!」。つまり体が大きくて力だけはあるから、腰ひいて逃げ回っていればいいって言われ、その気になって逃げてるうちにもつれて倒れて、寝技に入っちゃったんです。相手は女の子といえども女性です。異性であることを体が勝手に意識して、力んでしまったのかもしれません。ボキッ! 異様な音がして胸に激痛が走りました。

 イテテッ、先生ッ! 「おっ!肋骨(ろっこつ)二本折れてるぞ」。緊張して筋肉が急に収縮して自分の肋骨を折っちゃったんだって。このとき私に新たな肩書が生まれたのです。「女の子と柔道して肋骨二本おられた男」。これじゃ祖父に合わせる顔がありませんよね。こうして三代にわたる柔道の血は途絶えたのでした。

 三年前、ある会で偶然神取さんに会いました。「オレさ、あの時、肋骨折られたよねぇ?」。彼女は当時と変わらずさわやかに、「えー? 覚えてません」。そりゃそうだ! 彼女の激烈な格闘人生の中で天ぷら屋のあばら骨の一本や二本、覚えているわけないよなー。今でも時々肋骨がうずきます。カッコ悪ゥー。

(2005.6.5)



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