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酒と涙と男と天ぷら(16)
初荷 築地で脳細胞に喝

話題 神奈川新聞  2019年06月28日 01:57

天ぷらのタネは活(い)きの良さが命。今年も粋(いき)に行きたいものです
天ぷらのタネは活(い)きの良さが命。今年も粋(いき)に行きたいものです

 一月五日未明、体の芯(しん)まで痺(しび)れるような寒風の中、けんか腰の男たちの怒声が飛び交う。大八車を引き回し、「オラッ! じゃまだ、じゃまだ!」。勢いにのまれ、ちょっとでも怯んだら、運搬車両と男たちの汗でたぎった彼らの戦場へ一歩たりとも踏み込むことはできない。アチラ側へ行くのだという強い決意が必要なのだ。

 今年も五日に築地の魚市場へ行ってきました。相変わらずの喧騒(けんそう)と初荷ならではの緊張の中、お正月に緩みきった脳細胞に喝が入りました。たった二日前にパンツを頭にかぶって片倉とレットイットビーを歌っていたのは自分ではない。その後キッチンで酔いつぶれたところを回収されたアルコール漬けのヒトは、自分とはいっさい関係ない。だいたい片倉ってダレ?

 そんな潔い気持ちにさせてくれる築地の朝が好きなんです。きっと太古の昔から男たちはこうして体を張って商売をしていたんだなと、男に生まれてよかったなと、独りよがりにさせてくれる築地が好きなんです。

 ここには、物心ついたころから亡くなった親父(おやじ)について来ているので、通い始めてかれこれ四十年以上になります。まずは去年のお礼と今年の願を懸けに海幸橋のタモトにある波除神社に行き、藁(わら)で編んだ輪っかをくぐってお参りした後は、これも通い慣れた印度カレーを食べに中栄さんに直行です。この店は栄えるのも中ごろが良いというのが名前の由来だけあって、九十年も続いているんですって。パリパリの山盛りキャベツの千切りと熱い味噌(みそ)汁、ご飯に印度カレーが合うんだなー。早起きした自分へのご褒美って感じです。

 満腹になったところでいよいよ、心は戦闘モードに切り替わります。場内は活気にあふれ、よっぽど注意をしていないと大八車の犠牲になります。私も二度ほど足を轢(ひ)かれているんで真剣です。海の幸を満杯に積んだ台車の群れの中をアッチによけコッチによけしながら初荷をそろえ、なじみの業者さんに支払いを済ませて、ホッと一息。時計を見ればもう八時、アッという間の魚市場でした。今年は天気もよく暖かでしたが、景気の方はいま一歩。人通りは例年より少なく、台車を操る威勢の良いちょいと怖めのお兄さんの数も減っているような気がして残念です。

 でも、帰りには紺碧(こんぺき)の空の中、高速道路から日本一の富士山を望み、母校の銅像山に立つ浅野総一郎翁に新年のご挨拶(あいさつ)もできました。築地の波除神社ではもちろん商売繁盛、家内安全をお祈りしたので、これで今年のわが家は万全です。怒らせると危険なウチの家内も今のところゴキゲンです。やっぱり男って家内は安全が一番ですよね。

(2005.1.16)



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