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湯本~強羅開通 100年
箱根登山鉄道の軌跡(4) 経営揺るがす脱線事故

話題 神奈川新聞  2019年06月14日 19:00

脱線転覆事故(1926年) 

 1926(大正15)年1月16日午後1時23分、強羅から箱根湯本に向かっていた小田原電気鉄道(現箱根登山鉄道)の電車が小涌谷-宮ノ下間の下り坂急カーブで脱線した。

 電車は大音響とともに崖から約12メートル下の国道1号に転落し、車体が大破。同社の記録によると、乗客25人と運転手、乗務員2人の計28人のうち18人が死亡、10人が重軽傷を負う大惨事となった。

凄惨な現地ルポ


登山電車の脱線転覆事故を報じる1926年1月17日付の横浜貿易新報
登山電車の脱線転覆事故を報じる1926年1月17日付の横浜貿易新報

 「車体粉碎(ふんさい)原形を止(とど)めず」「凄惨(せいさん)なる当時の光景を偲(しの)ぶ収容所」「地震ではないかと思った」…。本紙の前身である横浜貿易新報(横貿)は現地に特派員を派遣。翌日の社会面は、現地の生々しいルポや関係者の証言で埋まった。

 乗客は東京・人形町通りの呉服商団体一行で、慰安旅行の途中だった。小田原電気鉄道は復旧工事を進める一方、当時の副社長が陣頭指揮に立って被害者への補償交渉に当たった。「被害者側も会社の誠意を諒(りょう)として交渉は円満にまとまった」と社史には記されている。

 発生直後はブレーキ故障が事故の原因とみられていたが、その後の鉄道省の調査では車両や線路に問題はなかった。重傷を負った運転手は精神に異常をきたして事故当時の記憶が定かでなく、最終的に「原因不明」として処理された。

 事故を教訓に、同社は乗務員の再教育や保線管理の充実、車両制動機の改良などの安全対策を徹底した。以来90年以上にわたり、大きな事故は起きていない。

損害額は55万円

 事故対応はスムーズに進んだものの、事故による損害額は車両の大破で5万円、被害者への慰謝料、葬儀費用、入院費などで40万円、事故防止を目的とする設備改良費が10万円の計55万円に達した。関東大震災の被害総額の4割近くに相当し、同社の経営に壊滅的な打撃を与えることになった。


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