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「死体をまたぎながら帰った」 横浜で空襲語り継ぐつどい

社会 神奈川新聞  2019年05月30日 05:00

空襲体験を語る中島さん=横浜市中区

 多くの市民が犠牲になった横浜大空襲から29日、74年を迎えた。横浜市内では被害を語り継ぎ、戦争のない世の中を考える催しが各地で行われた。

 体験者の話を次世代に語り継ぐ「『5・29』横浜大空襲祈念のつどい」は、横浜市中区の野毛シャーレで開かれた。参加した約90人は経験者が語る戦争の悲惨さに触れ、平和への思いを新たにした。横浜の空襲を記録する会の主催。

 冒頭、戦争犠牲者の冥福や世界平和を祈り、1分間の黙とうをした。その後、捜真女学校3年だった15歳で被災した中島知子さん=藤沢市鵠沼=が、体験談を話した。

 中島さんは、横浜市神奈川区桐畑で母娘で暮らしていた。大空襲の日は、母親は勤めに出ており不在だった。空襲警報のサイレンで外に出ると、聞いたことがないような爆音が聞こえ、大きな飛行機がたくさん見えた。

 「今までとは違うとすぐに思った。それまで軍国少女は逃げずに防空壕(ごう)に入り、折を見て火を消さなければならないと散々教わっていたが、逃げようと思った。死ぬ覚悟はできていたが、母に会うまでは絶対に死ねないと思ったからだ」と思い起こした。

 その後、焼夷(しょうい)弾がすぐ後ろに落ちたが、懸命に逃げた。気付けば静かになり、空襲は終わっていた。自宅に戻る道中には、多くの遺体があった。「母に会おうとしか考えず、今から思えば非人間的な感情で何とも思わずに死体をまたぎながら帰った」と極限での異常な心理を語った。その後、母親も無傷で自宅に戻ったという。

 参加した横浜市立大の女子学生は「私たちは語ってくれることを通してしか戦争を知ることができない。つらい体験だったと思うが、話してくれて感謝している」と話していた。


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