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仏大女優の華やかな人生 「サラ・ベルナールの世界展」

カルチャー 神奈川新聞  2019年05月10日 19:18

サラ・ベルナールが着用していたドレス=箱根ラリック美術館
サラ・ベルナールが着用していたドレス=箱根ラリック美術館

 19世紀末から20世紀にかけて活躍したフランスの大女優サラ・ベルナールを紹介する「サラ・ベルナールの世界展」が、箱根ラリック美術館(箱根町)で開催中だ。写真や舞台用の装身具、同時代の画家による絵画など約80点によって、華やかな人生をたどる。

 ユダヤ人で高級娼婦(しょうふ)の子として生まれたサラは、母のパトロンの支援を受け、16歳で国立音楽演劇学校へ入学。自分が何者かについて自信を持てず、「何者かになる」との強い意志を抱いて女優を目指した。

 文豪ビクトル・ユゴーが「黄金の声」と賞した美声や男役もこなす高い演技力を発揮し、30代で国際的なスターに。イメージ戦略を積極的に行い、化粧品や食料品など数多くのポスターに登場した。自らもブロンズ彫刻を制作し、小説を執筆するなど多才だった。

 そんなサラが見いだしたのが、画家のアルフォンス・ミュシャと工芸家のルネ・ラリックだ。ミュシャが描いた舞台「ジスモンダ」のポスターは、パリの街角から盗まれるほど人気を集め、ミュシャがパリで活躍するきっかけとなった。会場には同ポスターのアメリカツアー版が並ぶ。ラリックは舞台装飾をきっかけにサラと出会った。ダイヤモンドが流行する中で、高価な宝石ではなく自分のデザインで勝負したいとの思いが強かったラリックは、独創性を認めてもらえるサラとの仕事によって自信を深めていった。

 舞台用のユリの冠はミュシャがデザインし、ラリックが制作したもの。この冠をかぶったサラの姿は、女優としての栄光をたたえて1896年に行われたイベント「サラ・ベルナールの日」のポスターに描かれるなど、サラを象徴するものとなった。

 「それでもなお」を生涯のモットーとしたサラ。同館の浦川佳代子学芸員は「男性優位社会の中で、自分の道を貫いて生きた、今にも通じる強さを持った女性。そんなパワーを感じてほしい」と話した。

 6月30日まで。一般1500円、高校・大学生・65歳以上1300円、小中学生800円。問い合わせは同館電話0460(84)2255。9月に横須賀美術館に巡回する。


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