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神奈川新聞社×Yahoo!共同企画
社会、揺らすため-紙×ウェブも新時代

社会 神奈川新聞  2019年04月25日 09:00

 神奈川新聞社はインターネットのニュースサイト「Yahoo!ニュース」と、2019年度から「共同企画」という新たな試みを始めている。本紙記者が取材した素材を軸に、ヤフーニュースの編集者と一緒に企画を立て、社会問題の解決の一歩にしようという取り組みだ。4月8日から同月末までは「平成の事件」シリーズを、ヤフーニュースに掲載。平成最多の死者を出した相模原障害者施設殺傷事件から始まり、東名高速における「あおり運転」に端を発した死亡事故、横須賀の在日米軍兵士による殺害事件など、いずれも世間を揺るがした六つの事件を詳述している。本紙とヤフーは、今後もさまざまなテーマで手を携えていく予定だ。



足元見つめ直す契機に 報道部 石川泰大


報道部 石川 泰大
報道部 石川泰大

 「(大迫)半端ないって」-。2018年の流行語が、だいぶ遅れて実感を伴ってやってきた。カッコ内に入るキーワードは「Yahoo!ニュース」だ。

 8日から始まったヤフーニュースと神奈川新聞社の共同企画「平成の事件」。これまで経験したことのない“半端ない”反響に、ただただ驚いている。

 16年7月に相模原市緑区の県立障害者施設「津久井やまゆり園」で起きた入所者19人が犠牲になった戦後最悪とされる殺傷事件をテーマに、同僚記者と4回にわたって連載した。

 初回は、発生以来続けてきた接見や手紙のやりとりから植松聖被告の実像を追ったルポルタージュ。「称賛を疑わず 植松被告の闇」というタイトルでアップされ、当日だけで300万ページビュー(PV)を記録した。硬派ニュースの長文記事としては、異例の数字だった。

 その反響は肌でも実感できた。10年以上も音信不通だった旧知から連絡がくれば、大手出版社からは書籍化の相談が舞い込んだ。会員制交流サイト(SNS)上では賛否両論の意見が飛び交い、全てではないにしろ、社会の関心や見方を視覚的に捉えることができた。恥ずかしながら、自分の書いた記事がこれほどの反響を得た記憶はない。

 〈先方が千客万来のデパートならば、こちらは斜陽のメーカーといった具合。製品はもはや直販がままならず、集客上手の売り場に置いてもらわなければ買い手がつかない〉

 月間150億超のPVを誇るヤフーニュースという巨大なプラットフォーム。同社への出向経験を持つ同僚記者は、その存在をそう例えた。決して自虐ではない。

 誰もが発信できるソーシャルメディア全盛の時代にあって、日々深刻さを増す部数減や広告離れ。社内から聞こえてくるのは暗い話ばかりだ。そんな中、紙面では得られない桁違いの反響はこれまでにない高揚感をもたらした。だが一方で、記者としての足元を見つめ直すきっかけもくれたような気がする。

 ジャーナリズムとは何か。記者の仕事はPVという数字だけでは測れない。空気を読まない。おもねらない。目を凝らし、耳を澄ませ、地道に書き続ける。時代が変わろうと、それだけは変わらない。もう一度、ここから。

「大事だから読まれる」を ヤフー・メディア統括本部 前田明彦  


ヤフー・メディア統括本部 前田明彦
ヤフー・メディア統括本部 前田明彦

 「ヤフーは何がしたいんですか?」

 この取り組みに関し取材を受ける時、よく聞かれる質問だ。純粋な興味ではなく、「報道機関でないのになぜニュースを伝えるのか」という鋭い指摘が潜んでいる。私の答えはいつも同じ。「インターネットで社会の課題を解決するためです」。質問者は一瞬きょとんとした顔をする。

 インターネットが本格的に普及して20年以上。ヤフーでは黎明期からニュースを配信し、ユーザーを増やしてきた。ニュースは人々にとって必要なもの、紙からネットに移ってもそれは変わらない。元新聞記者の私はそう感じていた。

 だが、スマートフォンの台頭により幻想は打ち砕かれた。スマホの爆発的普及と通信環境の進化により、人々の行動は一変した。多様な動画サービスが生まれ、日々新しいスマホゲームが発表される。1日が変わらず24時間のなかで、ニュースを読む時間の減少を肌で感じた。

 実際にヤフーでも事件事故の速報、不祥事、芸能人の結婚離婚などの「短時間でサクッと読めるニュース」が好まれる傾向が顕著だ。社会性があるニュースを「これが大事です」と掲出しても、ネットの反応は正直で、ページの閲覧数は多くはない。

 このままだと社会性と公共性の高いニュースは届かなくなるのでは。そんな危機感を神奈川新聞と共有したことが、今回の取り組みにつながった。

 状況を嘆くのではなく、「ネットでも読みやすい」ことを念頭に、全体構成、見出し、写真と文字数のバランスなどを考慮した「社会性がある記事」を作る取り組みをゼロから始めた。

 スマホで読む人々は新聞の読者と違い、毎日ニュースに接しているわけではない。初めてその事件を知る人、詳しくは知らないという人もいる。そんな人々が読みたくなる記事にするため、さまざまな議論を経て今回の企画は実現した。

 計10本、ヤフーのトップページに掲出している。通常の事件報道の記事と比較して何倍ものページビューを記録し、きちんとネットのユーザーに向き合えば、ニュースが届くという感触を得た。ニュースに触れた人はなにか教訓を学んだり、被害者の方々に思いをめぐらせたりするなど、実際の行動につながっていったのではないか。

 「大事なニュースだけど読まれない」ではなく、「大事だから読まれるニュース」を作る支援をする。それがインターネットでニュースを伝え続けてきて、社会の課題を解決する「課題解決エンジン」を掲げる、ヤフーの果たすべき使命だと思っている。

ネット社会の機微実感 報道部 横山隼也 


報道部 横山隼也 
報道部 横山隼也 

 「東名一家死傷事故」の企画記事がヤフーニュースに掲載された4月15日は、インターネットの可能性と恐ろしさの両面を改めて知る一日となった。

 記事がアップされて数時間がたった昼休憩。私用のスマートフォンを確認すると、「記事を見た」と知らせるメッセージが何件も届いていた。

 小紙はネット配信の場合、署名を載せないことが基本的な方針だ。今回の共同企画で、初めて自分の氏名が載ったことになるが、情報あふれるネット社会だからこそ、記者の顔が見える一つの窓となる。

 学生時代の友人のほか、前職の上司や取材先…。意外だったのは、業種や年齢を超えて幅広い層から反応があったことだ。

 新聞の発行部数の減少が叫ばれて久しいが、読者との接点のきっかけさえつくれれば、まだまだ読まれるという一つの手応えを覚えた。現在28歳の私は、ネットが当たり前の環境で育ってきたいわゆる「デジタルネーティブ」世代。ヤフーニュースはなじみ深いし、その巨大さも影響力も分かっていたつもりではいたが、改めて新聞発行とは違う形で不特定多数の人に記事という「商品」を届けられる強みを再認識した。

 一方で、SNSではどんな反応があるだろうとのぞいてみると、記事を見たと思われる人のさまざまな意見が飛び交っていた。被告への厳罰を求める声がほとんどだったが、驚いたのは被害者や同乗女性に向けられた投稿だ。

 「最初にいちゃもんをつけたのは一家の方だ」「被告と同乗していた女も刑務所に」。被害者であるはずの萩山さん一家や、自身も重傷を負った同乗女性を非難する見えざる者の声には、言葉を失った。

 風化と再発の防止を願って書いた記事だったが、ネットを通じてあらゆる人の心を刺激し、意図せぬ方向に使われるツールとなりうる危うさもあると改めて感じた。ネット社会の機微に触れる機会となった。

長所つなぎ 大きな力に ヤフー・メディア統括本部 中原望


ヤフー・メディア統括本部 中原望
ヤフー・メディア統括本部 中原望

 月間約150億のページビューがあり、社会に少なくない影響力を持つヤフーニュース。その編集部で働くうちに生まれた課題感がある。ネットニュースの「消費の早さ」だ。政治家や芸能人の不祥事、事件事故…。ネット上では、瞬間的に特定のトピックに多くの関心が集まる「バズり」と呼ばれる現象があり、日々ニュースが消費され、一定の時間が過ぎると忘れ去られていく。

 ヤフーニュースではときに人権そのものに関わるニュースさえ、一瞬の興味に応える形でしか伝えられていないのではないか。そうした危機感を覚えていた。

 そんな思いから始まったのが、今伝えるべき課題を設定し、各地の新聞社や放送局などと連携して届ける、「共同・連携企画」の取り組みだ。複数社と取り組みを行う中で今回、神奈川新聞社とも理念を共有し、企画を行うことになった。最初にあがったテーマは「相模原障害者施設殺傷事件」。19人が殺害された平成最悪の殺人事件は、ネット上でも大きな議論を巻き起こした。

 事件直後から、SNSなどでは障害者の存在を否定する植松被告の思想に賛同する意見が見られた。今年もSNS上などで「障害者はいらない」「思想は正論」といった投稿が繰り返され、「バズった」。

 改めて事件を取り上げることで、被害者や家族への心ない中傷、被告の意見に同調する声が再び拡散するのではという懸念も覚えた。ネットの反応は予想のつかない側面もあるが、新聞社の取材力と表現力、そして我々の知見を生かした「伝わる」記事を出せるように、神奈川新聞社と何度も議論を重ねた。

 実際に記事が公開されると、ヤフーニュース上だけでなく、SNSなどを中心にネット上でも広く拡散された。事件の背景や思想の異常性に言及するものが多く、懸念していたような反応は少なかった。センセーショナルに消費されがちな事件報道だが、時間を置いてでもしっかりとした記事を世に出すことで、議論を喚起できる。ネットメディアの編集者として、改めて意義を感じた。

 新聞社とネットメディアは、相いれないものと考える人も多い。しかしそれぞれの持つ良さや知見を生かし合うことで、より大きな「伝える力」を得ることができるのではないか。そんな希望を少しだけ感じることができた。

「面白い」こそやりがい デジタルビジネス部 佐藤将人 


デジタルビジネス部 佐藤 将人 
デジタルビジネス部 佐藤将人 

 良い記事、力の入った原稿ほど、広く読んでほしい。かといって、それらを常にオープン(無料)にしてインターネットに公開・配信していては、ビジネスとして成り立たない。このバランスをどう取るか。今のところ答えはない。

 今回のヤフーとの「共同企画」が、従前の配信記事と何が違うのか。

 詳述は避けるが、まずは一定の報酬(原稿料)が約束されている点だ。普段なら有料となる記事を全文公開する大義名分が得られた。

 企画段階からヤフーの編集担当者に入ってもらい、「どの事件をどう切り取るか」「どうすれば多くの人に読んでもらえるのか」をともに考えた。それに基づきわれわれが書き、ヤフーはウェブで広く読者に届ける工夫を施す。

 やっていること自体はシンプルだが、どれも今までにない試みだ。その意図、狙いは、本特集のヤフー側の担当者の原稿を読んでもらいたい。全くその通りで「かっこいいこと言うなあ」という感じなのだが、僕が神奈川新聞側の窓口として間に入ってみた理由は、もっと単純だ。

 なんか面白そうだから。

 手前みそだが、神奈川新聞には優秀な記者がたくさんいる。何でもできるバランス型だったり、正統派だったり、偏っていたりといろいろだが、良い意味での偏屈さや変態さも存分に発揮できてこその地方紙、いや、神奈川新聞らしさだと思う。

 今回はヤフーという大海原を戦略的にお借りし、優秀で個性的な記者たちを広く知らしめる絶好の機会だと思った。「地方紙のくせにやるじゃん」と思ってもらえたら、本望だ。

 ヤフーとの共同企画は、「平成の事件」以外でも複数進んでいる。これは内向きの話だが、取り組みを通じて本紙の今後を担う中堅・若手に、一緒に異体験をしてほしいと思っている。

 「面白い」は何よりのやりがいだ。若い記者や社員がそう思い続けられる会社でありたい。だって良質なコンテンツを作っていくのは、そして新聞を熱くしていくのは、間違いなく人材だから。このコラボによって記者がもっと面白くなり、記事や紙面がもっと面白くなっていけば、最高だ。



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