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教員の過労死はなぜ後を絶たないのか
【先生の明日】(上)熱血教師は40歳で死んだ

社会 神奈川新聞  2019年04月16日 15:00

過労死した夫の義男さんの遺影を持つ工藤祥子さん=東京都町田市
過労死した夫の義男さんの遺影を持つ工藤祥子さん=東京都町田市

 「過労死ライン」という言葉を聞いたことがある人は多いだろう。月80時間の時間外労働が、その境界線に当たる。日本では中学校教員の約6割、小学校教員の約3割がそれ以上に働いている。やや乱暴だが、義務教育に携わる先生の2人に1人は、いつ倒れてもおかしくないのだ。教員はなぜこんなにも働き過ぎ、その末に命を落とす人が後を絶たないのか。誰もが通う学校という現場に横たわったままの「労働問題」を、考えてみたい。
(神奈川新聞・佐藤将人)

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40歳で迎えた過労死

 元はアメリカンフットボールの選手で、教科はもちろん体育だった。好きな言葉は「闘魂」。指導は厳しいが、生徒のためなら何でもする、熱い先生だった。

 大学時代から交際していた妻の祥子さん(52)は、笑って振り返る。

 「学生時代は本当にアメフトばかりで。教職課程を受講しているのに、教員免許は取れないし、就職活動だって部活の片手間にやってダメ。4年生の12月に社会人チームを立ち上げる企業に誘われて、どうにか就職先が決まったんです。楽天家で、でもなぜか、どうにかしてしまう人だった」


学校のイベントで仮装をする工藤先生。明るく、人気者だった。
学校のイベントで仮装をする工藤先生。明るく、人気者だった。

 周りを笑わせずにはいられない「人たらし」。いつの間にか周囲を巻き込んでしまう。祥子さんはだからこそ、少しいいかげんだけれど、彼が好きだった。

 結局アメフト選手としては1年で見切りをつけた。一生の仕事をと考え、会社を辞めた。

 横浜市の中学校教員となった。「部活指導は最初からやりたかったみたいですが、すぐに生徒指導にも目覚めたみたいなんです」と祥子さん。道からそれてしまう生徒、周囲とうまくいかない生徒ほど、気に掛けるタイプだった。

 そんな工藤義男先生は、40歳で亡くなった。

 過労死だった。

まるで2度目の死亡宣告

 今から12年前の2007年6月25日。横浜市立あざみ野中学校の教員だった工藤さんは、くも膜下出血でこの世を去った。

 誰もが過労が原因だと言った。前任の同市立霧が丘中では学年主任に加え、「生徒指導専任」を任せられていた。激務のため市教育委員会が兼務は避けるよう指示していた役職だ。さらにサッカー部の顧問、進路指導なども重任。異動したばかりのあざみ野中でも、異例となる転任直後の生徒指導専任への就任が待っていた。

 朝7時前から学校に行き夜10時近くまで残業をし、家でも持ち帰り仕事でパソコンに向かい、そのまま突っ伏す日も珍しくなかった。生徒が校外で問題を起こせば駆け付け、保護者にも対応し、週末は部活指導で家を空けた。

 最終的に、3年生の修学旅行の引率で2泊3日をほぼ不眠のまま働いたことが、引き金となった。

 妻の祥子さんは、夫の同僚らに背中を押される形で、公務災害の申請を行うことに決めた。過労死認定の鍵は、時間外労働の長さの証明に尽きる。タイムカードなどによる出退勤管理が徹底されていない学校現場ではこれが非常に難しい。

 「夫が何時から何時まで働いていたのか、1日1日をさかのぼっていく。まるで死に至るまでの日々をなぞっていく作業でした」


支援者の前で夫を亡くした無念を語る祥子さん
支援者の前で夫を亡くした無念を語る祥子さん

 少しずつ埋まっていく夫の「勤務表」。全ての行間に自責の念が募った。やつれていく夫を私はどうして止められなかったのか…。心労と、残された2人の娘のケア、そして仕事。自身も過労で倒れ、両親に同居を頼み、そして職を辞した。

 そうまでしてこぎ着けた申請は、2年も待たされた揚げ句「公務外(不認定)」という結果に終わった。「自分で勝手に働き過ぎて、勝手に死んだんでしょうと。まるで夫の、2度目の死亡宣告を受けたようでした」。決定を不服とし、裁判の二審に当たる「審査請求」をすることに決めた。

 民間企業の労災申請が労働基準監督署に対して出されるのと違い、教員の場合は「地方公務員災害補償基金(地公災)」によって判断される。不認定を経て、初めてつながった過労死弁護団から聞かされたのは、本来は救済機関であるはずの地公災が、現実には高いハードルとなって立ちはだかる現実だった。

5年半かかった「よかったね」

 弁護団の協力を得ながら、改めて夫の労働時間の算出に取りかかった。立証が難しい持ち帰り仕事は、パソコンのログイン記録などから地道に積み上げていった。本当は、2度と向き合いたくない作業だった。

 「でもこの申請のために本当にたくさんの先生方が、それこそ忙しい中で、休日を返上して協力してくださった。その思いを無駄にはできないと思った。何より、夫が教師として生きた証しを残したかった」

 準備のさなか、地公災による過労死認定率は民間の半分程度しかないというデータが明らかになった。

 悲壮な覚悟の中、さらに2年が経過した。審査請求では、激務や長時間労働と死の因果関係が認められた。12年12月27日。夫の死から実に5年半がたっていた。家に帰り、遺影に語りかけた。

 「よかったね。よく頑張ったね。そう、やっと言ってあげられる」

 笑みはすぐ、涙で崩れた。支援者からの電話が鳴りやまなかった。そして祥子さんは、ある決意を固めた。「この経験を生かし、今度は私が同じように苦しむ遺族や、家族の方を支える側になりたい」

 17年には自ら、「神奈川過労死等を考える家族の会」を立ち上げた。「全国過労死を考える家族の会」でも「公務災害担当」を請け負うことになった。現在は、厚労省が進める過労死等防止対策協議会の委員も務めている。

逆説的な「幸運なケース」

 審査請求を進めるうちに分かったことがあった。「これでもうちは、幸運な方だということです」

 逆説的な言葉の理由は、教員の過労死認定を巡る申請制度にある。公務災害は、所属長(校長)による勤務実態調査書が申請書類となるためだ。

 「でも校長は教員を働かせすぎた監督者であり、張本人なので、現場が協力に後ろ向きになってしまうケースが一般的。この壁に行き当たって、泣き寝入りする遺族はものすごく多い」

 過去には遺族から申請の依頼を受けた校長が、書類を数年間にわたって隠していたケースまであった。

 過労問題を扱って40年の大ベテラン、松丸正弁護士(72)は「だから教員の過労死の相談を受けたら、僕はまず校長のところへ飛んでいく」と語る。


還暦を迎えた後は、過労問題だけを専門に扱っている松丸弁護士=東京都内
還暦を迎えた後は、過労問題だけを専門に扱っている松丸弁護士=東京都内

 「少なくとも制度的には、個々の校長の責任が問われることはない。この手続きは校長の責任を追及するものではなく、遺族の救済のためだということを分かってもらう必要がある」

 文科省の調査によると、公立中学の先生は全体の4割が、月に100時間以上の時間外労働を記録している。月80時間の過労死ラインを超え、産業医への報告義務が課されている危険水域だ。統計上は約9万人の中学校教員がこのゾーンにいることになる。

 ただ実際に過労死申請をするのは例年1ケタで、しかも認定されるのはその半分程度だ。松丸弁護士は、潜在的な過労死者数をこう予想する。

 「在職中の公立の教員は、年間で約500人が亡くなります。各種統計や自分の経験則を踏まえると、少なくともその10分の1、つまり50人近くは過労死と考えられる。現在、実際に認定されるのはさらにその10分の1です」

 夫がその氷山の一角となった工藤祥子さんは、この過小な数の背景にも構造的な要因があると指摘する。

 「過労で苦しむ先生が相談するとしたら、学校内なら教頭や校長、校外なら教育委員会や人事委員会になる。つまりその環境をつくっている側なんです。責任を負うべき側が積極的に動いてくれるわけがない。民間の労働基準監督署に当たる指導権限のある第三者機関がないと、本当に困っている先生たちは救えない」

 現状では、過労死弁護団全国連絡会議が運営する「過労死110番=☎03(3813)6999」へ連絡するのが最善だ。

理由のある、悲劇

 工藤義男先生の葬儀には、延べ2千人が参列した。当日は、最寄り駅の改札から徒歩5分程度の葬儀場まで、会葬者の列がつながった。午後6時に始まったお通夜が終わったのは、午後10時半ごろだった。

 「後日、夫が顧問をしていたサッカー部の生徒が尋ねてきてくれた。彼らが、僕らのせいだって泣くんですよ。夫は部活が大好きで、『いくら疲れていてもあいつらの顔見ると元気が出る』って。でも最後となった練習では、夫は木陰から立ち上がれなかったらしい。生徒たちは、そんな姿を心配していたらしくて」

 妻の祥子さんは、泣きながら「あなたたちのせいじゃないよ」「あなたたちが夫の生きがいだったんだよ」と言い聞かせた。

 祥子さんの元に届いた教え子や保護者からの手紙も、100通ではきかない。中には工藤さんに憧れ、同じく教員を目指した生徒や、実際に教職に就いた教え子も複数いた。

 〈将来は日体大を目指して、先生と同じ体育指導者になりたいです〉

 〈いつかはサッカー部の顧問として工藤先生と対戦する日を夢見ていました〉

 〈私は今高校の教員をしています。先生の熱心な姿、厳しさ、どの生徒とも親しく接する心の大きさ…。先生のような教師、いや、男を目指して全力で進んで行きたいです〉


サッカー部の顧問を長く務めていた工藤先生
サッカー部の顧問を長く務めていた工藤先生

 教師という仕事を愛し、誇りにしていた夫の思いは、少なからぬ人に届いていた。「たぶん夫が子供たちに一番伝えたかったのは、人生は楽しいんだよというメッセージだったはず」。だからこそ、なおさら思う。

 なぜ、こんな人が死ななければならなかったのか。

 こんな人が死んでしまう学校現場とは何なのだろうか。

 慕ってくれた同僚や夫に憧れて教員になった教え子に、二度と同じことを繰り返させたくない。彼らの人生や夢が守られる、学校にしたい。祥子さんが活動を続ける理由、そして原動力がここにある。

 現在、民間を含めて全国で60件もの過労裁判を抱える松丸弁護士も言う。

 「これを、熱血先生の美談で終わらせてはならない」

 教員の過労死はどれも、明確な理由のある悲劇だ。

 働き方改革、ワークライフバランスが世の中でこれほど訴えられているにもかかわらず、先生たちは、なぜこれほど働き過ぎるのか。それには「定額働かせ放題」とも指摘される、先生のみに適用される「給特法」という法律の存在があった。



連載【先生の明日】
この記事は神奈川新聞とYahoo!ニュースによる連携企画です。教職員をとりまく課題を伝え、その解決策について考えます。「過労問題」編は、4月16日、17日、18日の3回にわたって配信予定です。


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