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基地アーカイブ(2013年5月、2015年3月)
米国の基地を歩く(2)「テロとの戦い」10年の疲労

社会 神奈川新聞  2019年04月11日 06:00

爆発物処理の訓練に参加する海兵隊員たち。近くアフガンへ派遣される=2013年4月、米カリフォルニア州のキャンプ・ペンドルトン
爆発物処理の訓練に参加する海兵隊員たち。近くアフガンへ派遣される=2013年4月、米カリフォルニア州のキャンプ・ペンドルトン

 道ばたで爆発が起きる。煙が立ち上った。米兵と現地兵が負傷者を運んでいく。興奮した住人が米兵を取り囲み、アフガニスタンの公用語のパシュトー語で、何かをまくしたてた。

 ここは戦場ではない。米カリフォルニア州サンディエゴ近郊にある海兵隊の広大な基地、キャンプ・ペンドルトンの一角にある訓練施設だ。現地への派遣を控えた隊員に現地社会の知識を学ばせるため、軍がアフガンの模擬の“村”を建てた。

 住宅にイスラム寺院、市場、学校。土壁にはアフガンのカルザイ大統領の肖像が張ってある。民間企業の従業員が村人役として雇われ、迫真の演技をみせる。

 多くの隊員が派遣前に、この“村”で訓練を受けてきた。アフガンやイラクで続いた現地武装勢力との戦闘で、米軍の占領統治に対する反感を突きつけられてきたことが背景にある。


アフガニスタンの村を模して基地内に造られた訓練施設=2013年4月、米カリフォルニア州のキャンプ・ペンドルトン
アフガニスタンの村を模して基地内に造られた訓練施設=2013年4月、米カリフォルニア州のキャンプ・ペンドルトン

訓練を終えた海兵隊員たち
訓練を終えた海兵隊員たち

 戦いが長引くにつれ、戦地に何度も派遣される兵も増えた。オリバー・ウィルソン3等軍曹(31)はアフガンに2回、イラクにも2回赴いている。最長の派遣は9カ月に及んだ。「最初は現地の詳しい実情を学べる機会はなかった」。現地の道路脇に仕掛けられた即席爆弾で、友が犠牲になった。

 派遣中に緊張感とストレスが途切れることのなかった兵たちは、除隊後も心に傷を負う。

 米海軍の元上等兵曹は「世界を見たい」という動機で海軍に入った。20年間の軍歴で、アジアや中東のほとんどの国を訪れた。横須賀や三沢、沖縄にも勤務した。

 2001年9月11日の米中枢同時テロの発生時には厚木基地にいた。数日後、空母キティホークに乗ってアフガニスタン作戦に従事した。

 イラクへの派遣は2006年。今度は「ブーツ・オン・ザ・グラウンド(陸上勤務)だった」。現地で親友を失う。そして、矛盾も感じるようになっていった。兵士たちは酷熱の街で、テロの危険にさらされながら任務につく。だが軍需産業企業の一員として基地で働いていた契約者たちは、空調の効いた部屋で勤務し、きちんと休日も取っていた。

 「フセイン政権は駆逐されるべきだったと思う。だが、戦争はビッグ・ビジネスでもあったのだろう」

 昇進が決まっていたが、退役を決めた。10年に及んだ中東での戦争からくみ取れる教訓を、ときどきかみしめる。「現地社会を理解し、敬意を抱くことだ」

 ■□

 テロとの戦争を振り返る米国社会の目は厳しい。

 2013年3月の米メディアの調査では、「米国の安全を強めるという目的の達成には大して役立っていない、という意識が相当ある」との分析が出ている。米軍がイラクで出した死者は4千人、アフガニスタンでも2千人を超える。現地住民の犠牲は計り知れない。2014年の米国の世論調査では、イラク戦争に「コストに見合う価値がない」とする意見が、7割に達した。

 帰還兵たちは、自らが命をかけた任務を疑問視する世論につらさを感じることも少なくない。ペルシャ湾で掃海に従事した元1等兵曹は、「イラクは民主主義を得ることはできた」と信じている。

 それでも、本国に戻った後に、親友の訃報を伝える記事を目にしたときは、ショックを受けた。アフガニスタンで即席爆発装置(IED)の犠牲になった。派遣されてから半年もたっていなかった。

 国家の意思で隊員が危地に赴くことに長年、米国は向き合ってきた。安全保障関連法制の見直しで、自衛隊の役割拡大を巡る日本の議論も知っている。「若者を送り出す可能性に準備ができているかどうか。それが、日本にとって問題になるだろう」

 戦争への後悔から、平和運動に身を投じた退役軍人もいる。

 「テロと戦うために送られた私が、実際にはテロリストだった」

 2016年秋。横須賀で開かれた集会で、元海兵隊員のマイク・ヘインズさんが訴えた。2003年にイラク戦争に従軍し、現地のテロリストを捜す任務に就いた。一般家庭への突撃を続けたが、多くは普通の市民の家庭だった。幼い女の子の泣き声が、今も耳から離れない。

 除隊後は、幼いころからイベントなどで銃や戦車に触れられる米国の環境や、海外に700以上の基地を持つ米軍の現状を批判している。「平和を築けるのは、戦争ではなく、平和だけだ」

※登場人物の肩書き、年齢は取材当時のものです。


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