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【平成の事件】19人殺害と強制不妊手術
「善意」の暴走、「生産性」追求の果て 続く差別との闘い

社会 神奈川新聞  2019年04月10日 09:30

 神奈川県立障害者施設「津久井やまゆり園」(相模原市緑区)に入所していた19人の殺害は「全人類の為」と植松聖被告(29)は語った。その盲信(もうしん)を、優生保護法(1948-96年)下で不妊手術を強制された当事者は自身の痛みと重ね合わせる。命の優劣を正当化し、生殺を支配したのは、狂気でなく、公益を大義とする「善意」だった。不妊手術の被害者らは国に謝罪と補償を求めて提訴し、亡霊のように再び表れた障害者差別と決別するための闘いを続ける。(川島 秀宜)


与野党が一本化した強制不妊手術の救済法案について会見する優生手術被害者・家族の会共同代表の北三郎さん(右)と全国優生保護法被害弁護団共同代表の新里宏二弁護士=3月14日、衆院議員会館
与野党が一本化した強制不妊手術の救済法案について会見する優生手術被害者・家族の会共同代表の北三郎さん(右)と全国優生保護法被害弁護団共同代表の新里宏二弁護士=3月14日、衆院議員会館

 〈私を含め、周囲の人たちはみんなあなたの幸せを望んでいたはずです〉

 23年前、宮城県の飯塚淳子さん=仮名、70代=に中学時代の担任教諭から手紙が届いた。飯塚さんは、16歳で卵管を縛る不妊手術を強制された。半世紀前の弁解が、後半につづられていた。

 〈それが、結果として、あなたに大きな不幸をもたらしたとは、本当に残念でなりません。善意が裏目に出たことに大きな衝撃をうけ、今更ながら自責の念にかられております〉

 1年後。貧困から飯塚さんを職親に預けた父親からも便りがあった。80歳で亡くなる直前だった。

 〈早く手術した方が安全だと通知があったのだ 妊娠されてからでは遅い〉


父親から届いた手紙の文面をなぞる飯塚淳子さん=2018年6月、宮城県
父親から届いた手紙の文面をなぞる飯塚淳子さん=2018年6月、宮城県

 飯塚さんは手術直前、軽度の知的障害とする知能判定を受けた。父親は、将来を思案した職親と民生委員から同意を迫られていた。

 〈印鑑押せとせめられてやむなく印鑑押(さ)せられたのです 優生保護法にしたがってやられたのです〉

 手術後、生理のたびに激痛で転げ回った。夢だった介護職も断念した。子どもを産めない引け目から、結婚と離婚を繰り返した。

 「幸せ」「善意」「安全」。ふたりが並べた美辞にぞっとする。

 「なんて身勝手なの。人生を狂わされたのは、わたし自身なのに」

「全人類の為」植松被告の盲信

 <障害者は不幸を作ることしかできません>

 津久井やまゆり園が襲われる5カ月前の2016年2月。衆院議長公邸に届いたのは、植松聖被告(29)からの殺害予告だった。計略に「狂気」はないと明記され、「日本国と世界の為」「全人類の為」と強調されていた。事件直後、ツイッターにこう投稿された。<世界が平和になりますように。beautiful Japan!!!!!!>


衆院議長に宛てられた植松聖被告の殺害予告の写し。障害者の殺害は「日本国、全人類の為」とつづられていた
衆院議長に宛てられた植松聖被告の殺害予告の写し。障害者の殺害は「日本国、全人類の為」とつづられていた

 丁寧な言葉遣いで書き連ねられていたのは、一方的な正義。報道に触れた飯塚さんはあの手紙を思い起こし、「人ごとでない」と震えた。「障害者だから不幸というのは間違い。殺していい命なんてない」

 送検の車中、植松被告は笑っているようだった。40分で19人が殺害された。神奈川県警の調べに、「手間だから」と無防備の首を狙ったと供述していた。

 力ずくで生殺を支配し、命をもてあそぶ独善をテレビ越しに目の当たりにし、東京都の北三郎さん(75)=仮名=も、14歳で強制された不妊手術の記憶がよみがえった。両脚の付け根に2センチほどの執刀痕が残る。突然の侵入者に刃物を突き付けられた被害者らの恐怖を察し、「やりきれない」と言葉を詰まらせた。「わたし自身も、いや応なく体を傷つけられた当事者だから」

国民の「生産性」重視された戦後

 「不良な子孫の出生防止」をうたい、1948年に施行された優生保護法はもともと、終戦後の人口抑制が狙いだった。大量の引き揚げ者や出産ブームで人口が急増する半面、食料や住宅不足が深刻化していたからだ。旧厚生省は都道府県に宛てた49年の通知で、本人同意なしの手術は「憲法の精神に背くものではない」と障害者の人権侵害を正当化した。神奈川県も手術費の補助制度を整備し、実績づくりにまい進する。


強制不妊手術を存続させていたのは周囲の「善意」だったと語る市野川容孝教授=2018年7月、東京大大学院
強制不妊手術を存続させていたのは周囲の「善意」だったと語る市野川容孝教授=2018年7月、東京大大学院

 東京大大学院の市野川容孝教授=社会学=は、その盲信を、戦後復興のための「公益」という大義と、健常者側の「善意」が支えていたとみる。60年代に入ると、経済成長の途上、高度な生産性を実現する国民の「質」向上が公然と語られ、「そこに優生政策がすっぽりとはまった」。

 一方、精神科病床は急増した。精神科医の岡田靖雄さん(88)=東京都=は「生産的でない人間は隔離すべき、という国民の需要があった」と打ち明ける。岡田さんも半世紀前、不妊手術に助手として関わったひとりだ。勤務先の精神科病院から年2回、医局に不妊手術の候補者を挙げるよう課され、自身も黒板に女性患者1人の名前を書き出した記憶がある。本人の同意があったのか、だれが手術を申請したのかは、覚えていない。それほど「ありふれた日常」だった。

 ただ、岡田さんは精神医療の歴史をひもとくうち、精神疾患の遺伝性を強調する優生保護法の誤りに気付く。60年代に自著で暴いたが、賛同する同僚はほとんど現れなかった。先進的な医師がそろっていたにもかかわらず。

「救世主」を自称、続く差別との闘い

 「善意」が暴走した当時のようなきな臭さを、市野川教授は事件から嗅ぎ取る。植松被告は17年2月の起訴後も、記者に宛てた手紙で「生産能力のない障害者は不幸をばらまく」と自説を曲げていない。犯行は、「公益」のための「不幸を最大まで抑える現実的な問題解決」だったと明かした。


「歴史に加担した以上、責任を果たさなければならない」と岡田靖雄さんは不妊手術の証言を決意した=2018年7月、東京都
「歴史に加担した以上、責任を果たさなければならない」と岡田靖雄さんは不妊手術の証言を決意した=2018年7月、東京都

 ここでも語られた生産性。岡田さんは、植松被告を逆説的に「国民的英雄」とみていた。「国が、精神科医が、国民が、慢性的にやってきたことを、彼は一挙にやろうとしたわけだから」

 植松被告は実際、県警の調べに自らを「救世主」と呼んだ。「国が動いてくれないなら、自分でやるしかないと思いました」。記者の接見取材にも、そう答えている。賛同者はネット上で、植松被告を「神」ともてはやした。

 優生保護法から障害者の人権侵害にあたる条文が削除され、96年に母体保護法に改正されてなお、「優生思想は克服されていない」と、飯塚さんと北さんは警告する。ふたりを筆頭に全国で20人が7地裁に国家賠償を求めて提訴した。飯塚さんらが仙台地裁に起こした訴訟は3月に結審し、一連の訴訟で初めてとなる見込みの判決を5月に迎える。「差別と決別するための闘い」。飯塚さんは、そう奮う。

 ◆優生保護法と強制不妊手術 ナチス・ドイツの断種法をまねた国民優生法が前身。「不良な子孫の出生を防止する」とし、知的障害、精神疾患、遺伝性疾患といった理由で本人同意なしの不妊手術を認めた。医師の判断で都道府県優生保護審査会に申請し、指定医が手術するよう規定。全国で少なくとも1万6500人が手術を強制されたとされる。与野党はことし3月、被害者の救済法案を一本化し、前文に「おわび」を盛り込み、一時金320万円の支給を決めた。4月に国会提出し、月内の成立、施行を目指している。

【平成の事件】獄中の植松被告から届いたイラスト






 (上から)カナダ出身の人気歌手ジャスティン・ビーバー、映画「ローマの休日」で知られる女優オードリー・ヘップバーン、理論物理学者アルベルト・アインシュタイン、自身が生活する独居房の机上を描いた画。鉛筆とボールペンを使って描かれていた。

 接見時、植松聖被告から「世界一格好いい男と、世界一の美女を描きたい」というリクエストがあり、世界一格好いい男は名指しだったが、世界一の美女については記者に任され、それぞれの画像のコピーを郵送した。


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