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統一地方選2019
【相模原市長選】候補者の横顔

選挙 神奈川新聞  2019年03月25日 20:41

 24日告示された相模原市長選は現職と新人の計4人が立候補し、激戦が繰り広げられている。立候補したのは届け出順に、元衆院議員の本村賢太郎(48)、元市議の宮崎雄一郎(52)、現職の加山俊夫(74)、元県議の八木大二郎(55)の4氏。4月7日の投開票に向け支持を訴える4人の横顔を紹介する。(届け出順)

本村賢太郎氏(48)対話で市政進めたい


本村賢太郎氏
本村賢太郎氏

 国会を見学にきた小学生の案内に立つと「議員はみんなお金持ちなの」との質問が飛ぶ。そんなとき、母子家庭で育った過去を自ら進んで口にする。「お金がなくても議員になれることを知ってほしい」と思うからだ。

 居酒屋を営んでいた母からは「困った人を助ける、桃太郎や金太郎のような人になれ」と言われて育った。中学生の頃には政治家を志すようになり、会社員時代を経て居酒屋の客だった藤井裕久元衆院議員の秘書となった。

 「いつでも、どこでも、誰にでも同じことを言える政治家になれ」という師の言葉を胸に刻む。だから意見が割れる事柄でも思ったことをためらわずに口にする。「人によって態度を変えないように心掛けているから誰でも平易な言葉で話ができる」と胸を張る。

 県議、衆院議員を経験し、地域の人の声を政治に取り入れることの大切さを学んできた。市長選で掲げた政策は多くの人の意見を聴き、取り入れて作成した。市民と対話をしながら、市政を進めたいと思っている。

 酒は飲まず、趣味はプロレス観戦と相模湖などでの釣り。

宮崎雄一郎氏(52)機長の経験役立てる


宮崎雄一郎氏
宮崎雄一郎氏

 日本航空のパイロットを約20年務めた。機長として世界各地を巡り、その距離は地球600周にもなる。仕事に誇りを持っていたが、経営には不満があったという。「現場からの提言が正しいことであっても、本社では全く聞いてもらえなかった」と振り返る。

 同社は2010年に経営破綻、京セラ創業者の稲盛和夫氏が会長に就任した。再生へ歩を進めていく中、同氏の「人間として正しいかどうか」を主眼に置く価値観に共鳴し、世の中に貢献したいと15年に市議に転身した。

 ただ、政治への思いの原点は、中学生のときに病気で父を亡くした後にある。将来を考えながら、司馬遼太郎の小説「竜馬がゆく」を読んで政治家を志すように。大学では国際交流サークルを立ち上げ、パイロット時代は民間外交官のような気概を持っていた。

 市政を間近に見てきて4年。「市財政は政令市で最悪レベル。当時の日本航空と似ている」と言い、「計画を止めることができるリーダーが市政の先頭に立つべきだ」と持論を展開する。

 趣味は野球。プロ野球のプロテストに合格し、辞退した実力を持つ。

加山俊夫氏(74)全国に誇れる都市に


加山俊夫氏
加山俊夫氏

 ずっと心にひっかかってきたのは、「へそのない町」と相模原市がやゆされていることだった。市民は東京都町田市や八王子市で買い物をして、横浜市内に観光に出掛けていく。外から人を呼び込めるような、へそとなる都市が相模原にほしいと願い続けてきた。

 両親は戦時中に中国・上海へ渡ったが、父は亡くなり、母は命からがら帰国して自分を生んだ。母と再婚相手は戦後、市内で食料品店を開業。小さい頃から店頭に立ち、小学校の通学途中に借金の取り立てもした。苦労してきた母のことを思うと「どんな苦しい仕事もへっちゃらだった」と振り返る。

 「堅い仕事を」と思って就職した市役所。町を発展させようと心から願う先輩職員との出会いがあった。部長や助役を歴任し、小川勇夫前市長の後継となることに迷いはなかった。

 政令市となって市の発言力は増し、リニア中央新幹線が通る橋本駅とJR相模原駅前の開発によって「全国に誇れる町が目前まできた」と確信する。

 市長としての3期12年の自己採点は「まだできることがある」と70点。趣味はアユ釣り。

八木大二郎(55)市政に新しい手法を


八木大二郎
八木大二郎

 政治家としての原点は城山町の職員時代にある。当時、国や県から70~80万円の補助金を得るため、さまざまな書類をかき集めていた。書類の厚みは10センチほど。権限を地方に預けてもらえれば、申請書は必要なくなる。「地方分権が進めば、職員はもっと住民のための仕事をできるようになると思い続けてきた」と振り返る。

 「町政に新風が必要だ」と考えて職員を退職し、地方分権を進めるために相模原市との合併を公約に城山町議選に立候補。トップ当選した。

 合併に慎重な町長のリコール運動を進め、リコール後の町長選に42歳で当選し、最後の町長として合併を果たした。

 相模原市は政令市となり、市議、県議も経験した。「政治の道に進んでから、選挙ばかりの激動の時期だった」と振り返る。市政にも新しい手法が必要だと感じ、立候補を決意した。

 座右の銘は温故知新。市議時代には明治大学大学院ガバナンス研究科を修了した。朝5時に起きて、犬との散歩が息抜きとなっている。趣味は、テント泊をしながら続ける渓流釣り。


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