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ヨコスカと空母・第2部
空母交代(2)ミッドウェーと湾岸戦争、そして交代へ

社会 神奈川新聞  2019年03月29日 13:39

 冷戦が終わったはずの国際情勢は、ペルシャ湾岸危機で塗り替えられることになる。1990年8月2日、イラクのサダム・フセイン政権が軍をクウェートに侵攻させた。

 多国籍軍の中核として、横須賀からもミッドウェーや巡洋艦、駆逐艦が出港していく。11月に国連は対イラク武力行使容認を決議した。

 国連決議が定めた撤退期限を過ぎ、1991年1月、湾岸戦争の「砂漠の嵐」作戦の火ぶたが切られた。

 ミッドウェーは空母4隻の部隊の一員として、イラクとクウェートに、1万回を超える攻撃の一翼を担う。巡洋艦「バンカーヒル」と駆逐艦「ファイフ」は、イラクの地上の標的に巡航ミサイル「トマホーク」をたたき込んだ。

 イラクの軍事施設はほぼ破壊され、2月には多国籍軍が地上部隊を投入し、イラク軍は総崩れとなった。2月28日、米大統領ジョージ・H・W・ブッシュは、戦闘の終結を宣言した。

 厳戒態勢が敷かれていた横須賀基地では、喜びの声があふれた。米海軍は「艦船乗員の家族は、帰りを心待ちにしている」との談話を出した。

 だが、横須賀市長の横山和夫は複雑な表情だった。「戦争の速やかな終結を望んでいた一人としてうれしい。しかし(帰還者の)戦勝気分で、市内の治安が乱れては困る」

 4月17日、集まった人々が何千もの星条旗を振るなか、空母ミッドウェーが横須賀基地に帰還してきた。

 空母機動部隊を率いた少将ダニエル・マーチは、防衛庁長官の池田行彦の出迎えを受けた。「この地域に前方展開していることへの支援と受け止める」と、笑顔を浮かべた。

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