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ヨコスカと空母・第1部
配備前史(10)「核持ち込み」疑惑、日米揺るがす

社会 神奈川新聞  2019年03月24日 17:17

 空母ミッドウェーの横須賀入港を直前に控えた1973年秋、米ワシントンに、米国務省と日本の外務省から高官が集まっていた。

 日本側が「横須賀では空母入港への反対デモが計画されている」と説明した。そして、配備反対論の根拠を3点挙げた。

 空母配備は基地強化の容認につながる。ミッドウェーは核を搭載している。厚木や三沢では航空機騒音の問題が生じてくる-。

 米側は「日本政府が対処できると信じている」と返す。

 だが日本側は「1点目と3点目は対処できる」とした上で、核問題については本音を漏らした。「米軍艦船が核兵器を積んでいるとの指摘に対して、ただ『米国は安保条約に違反しないと確信している』と答え続けるだけでは難しくなっている」

 この懸念は、およそ1年後に的中した。


空母ミッドウェー入港前後に連日続いた反対デモ行進=1973年、横須賀市内
空母ミッドウェー入港前後に連日続いた反対デモ行進=1973年、横須賀市内

 1974年9月の米連邦議会。退役海軍少将のジーン・ラロックが、日本への核持ち込みをほのめかす証言をした。「核能力のある艦船はすべて核を積んでおり、寄港時に降ろすことはない」

 横須賀市長の横山和夫は即座に反応した。「事実なら米艦船の横須賀寄港を拒絶せざるを得ない」。事実が明らかになるまで、核搭載が可能な艦船の入港を拒むとした。

 直後の10月。「出て行け。核空母」「核基地化は許さない」。入港してきたミッドウェーは、約500人のシュプレヒコールを浴びた。横須賀市に対する外務省の回答は「米国から核持ち込みで事前協議がない以上、持ち込まれていない」という決まり文句だった。

 だが当時、実は当時の外務省は深刻な危機感を抱いていた。2010年に公開された松永信雄条約局長のメモが生々しい。日付は市長・横山への回答の前日だ。「重大な政治不信、ひいては国内の混乱を招く恐れ大と認められ、対策を樹立する必要がある」「ミッドウェー母港化以降、高まりつつある問題を放置すると、日米安保体制そのものを破壊することになりかねない」

 田中政権から三木政権に代わった後の75年3月にも、外相の宮沢喜一と駐日米大使のジェームズ・ホジソンがこの問題を話し合った。

 ホジソン―「米政府には、『核の寄港(トランジット)に日本政府が同意した』と信じている者が多い」

 宮沢―「現在の(非核三原則)政策はとうてい変更できぬ。国民は激しい反応を示し、米艦船の横須賀、佐世保への入港は阻止され、米海軍の基地として使用できなくなる。アンビギュイティ(あいまい)の政策を維持するほかない」

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