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記者の視点=運動部・清水嘉寛(平成元年生まれ)
【平成に生まれて】(8)部活動と体罰(下)

社会 神奈川新聞  2019年03月22日 10:48

部員への指導について語る横浜商科大学の佐々木監督=横浜市内
部員への指導について語る横浜商科大学の佐々木監督=横浜市内

 「自分の糧になった経験をいち早く伝えるには『鉄拳』が必要。早いうちに打つんだよ、鉄は」

 今春限りで横浜商科大学野球部監督を退任する佐々木正雄さん(70)は、非難を覚悟した上で胸の内を明かす。

 1984年から指揮し、手を上げることも辞さない指導法を貫くこと35年。プロ野球界を始め、社会人の名門チームにも多くの人材を輩出した。「鉄拳」を取り入れた指導者としてアマチュア野球界で知られる。

 横浜市出身。地元の中学校には野球部がなく、大人に交じってクラブチームでプレーした。自由な気風がしかし、進学した横浜一商(現横浜商大)高校野球部での苦労につながった。

 入部直後から暴力を受ける日々が始まった。訳も分からぬまま先輩たちに怒鳴られ、殴られた。後にボールやバット、グラブなど地面に置いた用具をまたいだことが理由だと知った。

 「俺たちの時代は殴られても、誰も理由を教えてはくれなかった。自分で考え、見つけなければならず、その中で学んだ。自分を作り上げる第一歩だった」と振り返る。

 「『暴力』や『体罰』は感情に任せた、能力のない指導者がやるもの」と断じる一方、指導者として自身が振るってきた「鉄拳」は、それとは一線を画し「自らも体験し、冷静さを保てる者だけが行う資格を持つ」が持論だ。使うのは平手。髪の毛をつかんだり、蹴ったりはしない。それはしかし、どれほど言葉を重ねても、現在は多くの人が「体罰」と捉えるであろう行為であり、理解を得がたい振る舞いだ。

 佐々木さんは時代の変化を感じている。保護者らとの衝突は度重なり、「今は受けた側の判断一つで生殺与奪が決まる。自分のような指導者には生きづらい世の中」

 引退を前に指導者人生を振り返り、思う。「鉄拳」は物事の善しあしを伝えるため、つまりは選手たちのためを思っての行為だった。「手を上げた日は正直、なかなか寝付けない。彼らがどんな思いでいるかと気になる」

 もし同じ思いを抱く指導者がいれば、とるべき行動は一つだと伝えたい。振り上げた拳を誰にも向けることなく静かに下ろすべきだ、と。


風を読む若き監督


コーチ時代の経験を生かして部員と向き合う横浜高校の平田監督=横浜市内
コーチ時代の経験を生かして部員と向き合う横浜高校の平田監督=横浜市内

 「昭和、平成から新しい時代を迎える。子どもたちとの接し方は時代とともに変化すべきもの」

 2015年秋からOBとして横浜高校野球部を率いる監督の平田徹さん(35)は、自身の現役時代の練習とは異なる指導方法で選手たちと向き合う。

 グラウンドには緊張と弛緩(しかん)が同居する。選手と接する際、常に意識することがある。「傾聴力と質問力」。選手の話の腰を折らない、話しやすいように相づちを打つ。さながら営業の作法を学ぶ新入社員のようだ。

 平田さんの手法は「強豪校=過酷な指導」という固定概念を打ち破る。「解決策を考えて」「それ面白いね。ただ俺はこう思うよ」。壁にぶつかった選手たち自身に発想を促す。飛距離が伸び悩んでいたロングティーで初めて柵越えアーチを放ったり、自身の工夫でミスが減ったり。自己決定と成功体験の繰り返しから「やる気」や「楽しさ」を引き出していく。

 選手とのコミュニケーションが足りなければ監督室に呼び、マンツーマンで話し合う。細やかな気配り。「周囲からは大変だろうと言われるけど、実はこの方が楽。今の子どもたちはしっかりと向き合えば『自分を認めてくれた』と心を開いてくれる」

 積年の思いが平田さんを突き動かす。「指導法に変革を起こしたい」

 名将・渡辺元智監督と名伯楽・小倉清一郎部長。春夏合わせて5度の甲子園優勝を成した昭和19年生まれの双璧が、全国屈指の強豪校の伝統を築き上げた。平田さんは高校時代に2人から厳しい指導を受け、大学卒業後の06年にコーチに就任した。

 年齢の近い選手たちから「兄貴分」として慕われる一方、葛藤も味わった。上達させたい指導者たちと上達したい選手たち。恩師2人の熱が帯びる余り、コミュニケーションのずれが生じていた。

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