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大内裕和・中京大教授に聞く
時代の正体〈494〉安倍首相「教育無償化」改憲案(下)「生まれで差別」是正を

時代の正体 神奈川新聞  2017年07月07日 09:18

おおうち・ひろかず 1967年生まれ。専門は教育社会学。著書に「奨学金が日本を滅ぼす」(朝日新書)、「ブラックバイトに騙されるな!」(集英社)、「教育基本法改正論批判 新自由主義・国家主義を越えて」(白澤社)など。
おおうち・ひろかず 1967年生まれ。専門は教育社会学。著書に「奨学金が日本を滅ぼす」(朝日新書)、「ブラックバイトに騙されるな!」(集英社)、「教育基本法改正論批判 新自由主義・国家主義を越えて」(白澤社)など。

【時代の正体取材班=成田 洋樹】安倍晋三首相が9条と高等教育無償化のセットで打ち出した改憲案。学費の負担が増している学生をどう支えるかは、日本社会の行く末も左右しかねない。何が問われているのか。奨学金問題に取り組み、「ブラックバイト」の名付け親でもある中京大の大内裕和教授に聞いた。

負担増す奨学金


 改憲に絡めた高等教育無償化には反対だが、学生の学費の負担軽減を進めていくことは急務だ。

 奨学金を利用する学生が全体の中で占める割合は1990年代前半は2割台で推移していた。ところが、90年代半ばから上昇が始まると、2000年代の急上昇を経て10年代は5割に達している。

 背景には、90年代半ば以降の親の所得の低下がある。グローバル化や新自由主義的な経済政策の影響で年功序列型賃金などを柱とする日本型雇用が揺らぎ、賃金が下がって家計が悪化した。戦後の自民党政権は企業の成長を後押しする政策を通じて労働者の賃金アップにつなげ、各家庭で大学の学費を負担してもらう政策を取り続けてきた。政策と重なり合うように、親が学費を用意すべきという「私費負担主義」が各家庭に根づいていった。90年代までは学費が高騰しても払うことができる余力が親にあったのだ。

 だが、状況は一変した。いまや奨学金なくしては大学進学が難しい学生が増えている。政府は2018年度から、返済不要の給付型奨学金(月2万~4万円)の導入を決めた。学費の負担軽減へ一歩前進といえるが、対象は低所得の住民税非課税世帯の1学年2万人でしかない。日本学生支援機構の16年度の貸与型奨学金利用者132万人との差は大きい。

 学生の半数以上が奨学金を利用するということは一部の困窮家庭の支援だけでは不十分だ。現状は貧困対策という位置付けにとどまっているが、政府は学費の負担感が重い中間層の問題として捉える必要がある。

中高年との断層


 「借りた奨学金を返すのは当たり前」「ブラックバイトなら辞めればいい」

 昭和の経済成長期に学生生活を送った50歳以上の人たちは、よくこのように言って若者を叱咤(しった)する。いま政治や経済の中枢を担う50歳以上の世代には、若者を取り巻く状況が見えていない。だから、抜本的な支援策が打ち出されない。今の学生はかつての若者と全く違った世界を生きており、私は中高年層との間で「世代間断層」があると訴えている。

 かつては学費も生活費も親が出し、サークル活動や趣味にかかる費用だけ自分でアルバイトをして稼ぐという学生が多かった。奨学金を借りたとしても安定した正社員の職にほとんどの学生が就けたので、返済もさほど苦ではなかった。

 今は違う。授業料は親が出したり奨学金で賄ったりしたとしても、日々の生活費はバイトで何とか稼いでいる学生は少なくない。学業がおろそかになるほどの過酷な労働条件を強いるようなブラックバイトであっても、辞めてしまうと生活が成り立たなくなってしまうので辞めたくても辞められない。

 遊んでいて学ばなかったかつての学生とは違い、学びたくても学べない状況に追い込まれている。卒業後に正社員の職に就けるかも分からない。正社員に就けてもブラック企業だったり、低賃金だったりする。数百万円に上る奨学金の返済の負担が重く、結婚や出産を躊躇(ちゅうちょ)せざるを得ない若者が少なくないことが労働団体の調査で分かっている。少子化に拍車が掛かるかもしれず、日本社会の将来に影響を及ぼしかねない。それが奨学金問題なのだ。

 大学の講義で「親の経済力に甘えて経済的にゆとりのある学生生活を送っていた50歳以上の人が、ブラックバイトや奨学金で苦しい思いをしているいまの学生を『ゆとり教育世代』となぜ批判できるのか」と話すと、学生から拍手が湧き起こる。中高年層が強いる「頑張れば何とかなる」という努力主義と自己責任論が、学生に重くのしかかっているからだ。

 若年層への公的な支援は乏しい。例えば、住宅政策では持ち家に長期の住宅ローンを組むのがいまだに主流だ。非正規雇用が4割を超える時代なのに、安価な公営住宅を若年層に提供するという発想が行政側からはなかなか出てこない。

税の再分配こそ



 大学の学費を負担できるかどうかは、学生本人に責任は全くない。政府の公的支出が少ないのだから、生まれ育った家庭が負担できるか否かの差だ。家庭の経済力の差によって学生が学費で苦労を強いられるのは「生まれによる差別」と言える。教育の機会均等をどう確保するのかが問われている。

 差別是正への第一歩は、貸与型奨学金を給付型に切り替えることだ。今の貸与型をすべて給付型にするには年間で1兆1千億円必要だ。財源をどうするか。消費税で賄おうとすると、「生まれによる差別」の是正にならない。低所得層ほど負担が重くなる税制だからだ。富裕層への課税を強化することで税を上層から下層へ再分配することこそが、理にかなっている。

 民間のシンクタンクによると、金融資産が1億円以上の富裕層は1年間で5兆円ほど資産を増やしているので、奨学金の財源に充てることは可能だ。

 さらに授業料を無償にするには年間で国立が約3400億円、私立が約2兆6千億円の計約3兆円必要だ。これも富裕層への課税強化で賄えるが、利益を上げている企業への課税強化とセットで対応してもいいだろう。

 「財政赤字を改善するためには消費税増税しかない」「富裕層に課税を強化したら、海外に移住してしまうのでは」。多くの人々は、こうした固定観念にとらわれていないだろうか。米国では格差是正や公立大学授業料無償化を訴えたバーニー・サンダース氏が若者の支持を集めて民主党大統領予備選挙で健闘した。欧州では「反緊縮(財政)」を掲げる政党が躍進している。企業の自由な経済活動を後押しする新自由主義に対抗し、税の再分配を重視する社会民主主義が世界でじわりと広がりを見せている。だが、日本では社会民主主義的な政治勢力が、いまの政権への対抗軸となるほどの層にはなっていない。

 経済成長が続いた1960年代から90年代のように経済成長すれば家庭が潤い、あらゆる問題が解決すると考えられたような時代ではもはやない。「生まれによる差別」をなくしていくためには、税の配分のあり方を変えて収入の多寡にかかわらず一人一人の生活を保障する新たな社会を政治の力で築き上げる必要がある。

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